版画の種類と定義

…と言っても、シルクだリトだ木版だ、という美術の教科書を読み返せばわかるレベルの話ではありません。
美術商の定義する「美術品としての版画」と「それ以外」の差について。

まず、美術品としてあつかわれる版画(オリジナル版画)とは何か。

技法はなんであれ、その作家が「おれはこの技法を使ってこそ表現できる、表現したい『美』の世界があるのだ」という意思をもって選択した技法で製作された作品。
その作家は、その技法の特徴を熟知し、その特徴を生かした絵柄・配色を考え、熟練を要する版の製作工程も作家自身が行う。

「オリジナル」は刷り上った作品を指す。つまり、「オリジナル」が複数枚存在する。

日本の美術市場における版画の地位はかなり低い。存命の中堅作家の新作で、いきなり数十万円を超えるものは少ないそうです。
美術市場というのは、「世界に唯一つしかないオリジナルを所有する」という欲望によって成り立っている訳で、いかに優れた作品であろうと「オリジナルが複数存在する」版画というのが低い扱いを受けてしまうのは、いたしかたのない事…らしい。

それでも、総刷り数が50枚以下ならまだ「限定」としての価値はありますが、200も300も刷ってしまえば値段はバンジージャンプのように下落します(100部以上エディションのあるものは「ラージエディション(Large Edition)」と呼ばれる)。

さて、「それ以外」の、いわゆる「エスタンプ」について。
これは、

オリジナルの原画(画家が一点ものとして描いた絵)を第三者が複製したもののこと。
技法は問いません(最近は大抵、写真製版でお手軽に製作されます)。

リトであろうとシルクであろうとジクレであろうと、その技法が「作家が美を追求する為」ではなく、「版元がオリジナルを複製するための手段」として選択されたもの。いわゆる「インテリアアート」の多くがこれにあたります。
ひとつの完成された美術品としての「版画」ではなく「高価で手が出ないオリジナルの代用品としての美術印刷」です。

エスタンプ(estampe)という単語はフランス語で「版画」を意味しますが、近年では日本を含む世界の美術市場で、上記の意味で使用されています。
普通の英語でいえば、reproduction(複製, 模造)のニュアンスですが、美術業界では、枚数限定をして希少価値を出した複製画を「エスタンプ」、枚数無制限の単なる複製を「リプロダクション」と呼称して区別しているようです。

最近のオタク系アーティストの高額な「現代版画」の全てはこのエスタンプです。(アールビバンでやってる天野嘉孝のリトグラフの一部は、作家自身が石灰石の上に直接絵を描いて製作してるので、「美術品としての版画」の必要条件を満たしてはいます。十分条件まで満たしているかどうかは別の話ですが)

エスタンプは、版画作家のカタログ・レゾネ(オリジナル版画の総目録)には記載されません。「作品」ではなく「作家グッズ」のようなものですから。
言うまでもなく、エスタンプはオリジナル版画に比べるとはるかに安い…はずなんですけどね、本来は。

まあ、どんな品物にどんな値段をつけようが、売り手と買い手がその値段に納得していれば、他人がどうこういうのは野暮な話です。
しかし、商品の品質について虚偽の情報を与えたり、紛らわしい表現で誤誘導したりして高額商品を売りつけるのは、どう言葉を飾ったところで「真っ当な商売」とは言えない。

ハナから「写真製版による美術印刷の額装済み高級ポスター」と正直に言ってりゃぁいいのに、まるで価値ある美術品のように勿体つけて、常識はずれの高額で売りつけるから、「ニセ版画」なんて呼ばれて問題になってるのですよ。

エスタンプのお値打ち

いつぞやの『なんでも鑑定団』の絵画大会では、とある有名画家のエスタンプが額込み一万円という評価でしたけど(笑)。
詳しくは
参考: オープン・ザ・プライス!~実勢価格をしらべてみよう
を御覧いただくとして。

もう消えてしまいましたが、昔yahooの「悪徳画商」トピで、とある美術商がこんなことを言ってました。

自分の店にも、時々イベントで売りつけられた写真製版ものを持ち込むお客さんがいる。
「いくらでもいいから引き取ってくれ」というお客さんには悪いけど、全てお断りしている。そういうのは「美術品」じゃなくて「インテリア」だから、ウチであつかうスジの品物じゃない。
ローンに苦しむお客さんに対しては、「月二万円でインテリアをレンタルしたと考えてあきらめて下さい」といってお引き取り願っている。 (大意)

「月二万円でインテリアをレンタル」のくだりでちょっと笑いましたね。
ヤクザのシノギの一つに、「絵のリース」っていうのがあるんですよ。飲食店からみかじめ料を取り立てる際に、ただお金だけ持っていくのではなく、観葉植物や額絵(ペラい額に入れたポスター)のリースという体裁をとることが多いのですが、昔聞いた話によると当時の相場は月2万くらいだそうで。つまり、ヤクザに食いつかれたと思って諦めなさいということね(笑)

マンガジャパンの中山星香大先生の「高級現代版画」は、ジクレではなくシルクスクリーンです。もちろん写真製版による、なんちゃってシルクですけど(昔はなんちゃってシルクでも製作にはかなりの技術を要しましたが、最近は工程がデジタル化されてお手軽なもんです)。
エディション数300。紙サイズ:695mm×550mm。イメージサイズ:585mm×450mm。額装済。
これを35万円で販売してる訳です。

御参考までに、コレクターの総本山・まんだらけプロデュースによる水木しげる先生のシルクスクリーン(エディション数100。サイズ:867mm×1007mm。 額装済、直筆サイン、シリアルナンバー入り)は3万5千円です。
更に、アダチ版画研究所制作による鬼太郎の浮世絵シリーズは、額なしで17万円です。「彫り5年、摺り10年」という厳しい修行の末ようやく一人前になる、職人の手作業によって制作される木版画ですらこの値段です。

私はこの大変有難い中山大先生のシルクスクリーンを肉眼で見たことがあります。どれ程素晴らしいクオリティの作品だったかというと…ゴメンなさい、私には分りません。
肉眼で現物を見たことがあるにもかかわらず、なぜクオリティについてコメントできないか、それは次の項で。

ニセ版画展潜入レポート?

実は小生、アートコレクションハウス主宰のマンジャパ作家ニセ版画展示即売会に行ったことがあります。アノ手のイベントのはしり…ごく初期の頃です(多分平成11年)。
古い話なんで、記憶も怪しくなってますが…

●告知ポスターにも折込広告にも、「複製原画展」とのみ書かれ、販売目的のイベントであることは入場者には知らされていなかった。
(最近は、後々の裁判対策の為に告知するようになってるようです)

●招待券無しのフリの客でも入場できた。
(最近は、同じく裁判対策の為、フリの客にも入り口で招待券を渡して、「この人は招待券持って自発的に入場しました。我々が引っ張り込んだ訳じゃありません」という形をとるようです)

●入り口でご来場者アンケートと称して個人情報を事細かに書かされ、色違いのリボンを胸に付けさせられた。アンケートの内容に応じて「カモ」と「シブい客」に選別されてるわけですな。ちなみに私は「御芳名・白木葉子、あと全部空白。次回のイベントのおしらせ・不要に紙が破けるほどマル」と書いてしまったもので、出口までずーっと放置プレイでした。
(入場の際、記念品として『ダーティーペア』の絵葉書をもらいました。最近では、この時ポスターを渡され、このポスターが縦巻きか横巻きかでカモの識別をしているようです)

●館内は真っ暗。(複製ではない)原画展では原画の褪色防止の為に館内の照明を落としますが、こっちは褪色しようがかまわない、いくらでも新たに刷れる複製原画展。しかも薄暗いなんてもんじゃない、「風俗店か?」ってくらい真っ暗。そして額装した絵には下部から強い照明を当てられていました。
(流石に最近は、真っ暗な館内で販売員をツーマンセルで張り付かせるのは止めたようです)

●入場してすぐの場所に、中山星香大先生の「どこに飾れってんだよ」と突っ込みたくなるくらい巨大な緑の絵と紫の絵があり、「なんでキャリアも人気も他の大御所に比べたら5段くらい落ちるマイナー作家がでかいツラしてこんなトコにいるのかしら」と思ってしげしげ見たのですが、なにせ下部からのオレンジがかった強い照明が当てられているせいで、発色や細部の仕上げはさっぱり分らず。

●こんなものを見せられてほいほい買うヤツっているの?と思って周囲を見回すと、テーブル席に連れ込まれて売り込みされている善男善女がかなりいる上、ちばや安彦良和の額には「売約済み」の札が貼られていて、なかなかボロい商売だなーと感心。
(確か絵の下に値札は付いてなかったと思う。40万円なんて知ったら絶対強烈に印象に残ってるはずだし。てことは、客の足元見てふっかけたりしてた可能性もあるなー)

参考外部サイト:OKAYAMAマンガフェスティバル商談風景

なにせ、だーれもかまってくれなかったので、売り込みがどんな感じだったのかはわからないのですが、これだけでもマトモな商売じゃないのはわかるでしょ?
中山大先生は、「勝手にサイン会嘘告知事件」で被害者面して原画を引き上げて正義派ぶっておられましたが、まともな感性のある人間ならもっと早く気づくって。ラッセンの強引な売り込みトラブルじゃ週刊誌ネタにまでなってたし。

マンガジャパンの大先生達は、大手出版社から搾取されてる…とのご不満をお持ちらしいけど、
「中小企業の社長さんをだまくらかしてラッセンヤマガタを高額で売りつける商売が頭打ちになったから、市場は狭いけど不況に強くて確実なオタク相手の商売に鞍替えすんべ」
って考えただけの、漫画業界に対する愛情も責任感もないヤマ師におだてられて、純情な漫画ファンから搾取することはオッケーなの?ファンに漫画業界に還流しない消費行動をとらせるのが、漫画界の未来の為なの?

参考: アートコレクションハウスのヒ・ミ・ツ

なんちゃってシルク解説

投光作戦に阻まれてクオリティ確認のできなかった中山大先生のシルクスクリーンですが、じっくり観察した人の証言によると、シャープさを感じさせない随分とぼやけた印象吹きつけの跡や色むらのようなものを肉眼でも確認できるだそうです。

「まっとうな」美術品としてのシルクスクリーンは、版画家がポリエステルシートにブラシで直接図柄を描き、感光乳剤でコーティングされたスクリーン(昔は絹、最近はもっぱらポリエステルやナイロンを使用)に転写。それを色数分作って版として使用し、不透明インクで刷る…というものであり、パキっとしたシャープな仕上がりが特徴、ボカシは非常に不得意です。

中山大先生のシルクは、水彩の原画をフィルム撮影し、それをデジタルスキャンして色分解。写真製版の要領で作ったシートでスクリーンに転写、版を製作し刷ったもの(にせ版画屋のサイトによると 28版33色刷りだそうです)。

ご存知の通り、写真製版は細かい点の集合で色の表現をします。これをシルクスクリーン技法と併用すると、写真製版の網点×絹目でモアレが出てシャープさを感じさせない随分とぼやけた印象になってしまうのです。
また、いくら28版まで段階分けしても、もともとボカシが苦手の技法のうえに、不透明インクが厚くのるので上に来る色が強く出すぎてしまい、どうがんばっても吹きつけの跡や色むらのようなものを肉眼でも確認できる汚い仕上がりになってしまう。

更に、シルクは細い線の再現が非常に苦手なので、細かいペン画の複製には不向きです。どうしてもやろうとすれば、線をトバさない為に原画を拡大するハメになり、仕上がりは一般家庭では持て余すサイズになっちゃいます。
尚、即売会でサイズについてツッコミを入れると、販売員のおねーさんは慈愛の微笑みと共に「皆さん床に置いて飾ってらっしゃいますよ」と切り返してくるそうです。ジャマだっつーの!

この様に水彩の再現に向かない技法をなぜ漫画イラストの複製に使用するかというと、リトグラフに比べてはるかにコストが安くつくから(でもこういう場合、原画もモノトーン系の、シルクにしてもアラの目立たないものを選ぶけどね、普通)。…なのに、マンジャパのシルクは35-45万円もふんだくるのね、ファンから。

中山大先生は御自分の公式サイトの掲示板で、ファンに向かって、シルクスクリーンは最初から2~30万程する作家にはサイン料の8000円が入るだけと開き直ったことをぬかしていらっしゃいますです。…言い訳のつもりかい、コレで(怒)。

自分の懐にいくら入るかよりも、ファンが業者からいくらボッタくられるかの方が重大な問題だろうがっ!!!

てか、そもそもこういう価格設定がオカシイ、と最初に気付けよ(泣)

付記)先日、リンク先チェックの為に久方ぶりにマンガジャパン作家の高額複製画を販売している「画天プロジェクト」のサイトをのぞいてみたら…複製画販売に加えてヒーリング商法だのレイキだのまで手を広げていてドン引きました。常設店でもスピリチュアルを売りにしてるし…ようするに、「そういう」経営者らしい。


エディションナンバー豆知識

分母がその作品の限定部数、分子が何枚目かを表すのはご存知でしょうが、限定部数以上の枚数が刷られた場合(番外版画)、アルファベット入りのナンバーが打たれます。

A.P artists proof (英) 作家保存用
E.A epreuve dartiste (仏) 作家保存用
H.C hors commerce 版元保存用
P.P printer's proof 刷元保存用
T.P travellers proof 巡回展示用


この番外版画は、トータルで限定部数の10%程度なら刷ってもよい、と1937年の国際版画憲章決議で決められています。
しかしこの決議に強制力はないので、モラルのない業者と作家は、アラビア数字とローマ数字を使い分けたり、APとEAを両方製作したりといった荒業で、公称の限定枚数を遥かに超える枚数を売りさばいたりしてるそうです。ま、版画に限らずお宝市場じゃ良くあることなんだけど。

…何にせよ、刷り数100枚超えたら限定もへったくれもないですね。