はじめに

地裁から最高裁まで長期にわたる、いわゆる『キャンディ・キャンディ』裁判の渦中で新たに判明した事実として、いがらしゆみこ氏による『ジョージィ!(アニメ版タイトル『レディジョージィ』)』の原作者・井沢満氏の権利を無視した海外無断出版・アニメ放映許諾事件というのがあります。

こちらは『キャンディ・キャンディ』事件とは異なり、裁判沙汰まではいかずに和解(一般用語の「仲直り」ではなく法律上の和解)、現在は企業に版権管理を任せて出版や放映がなされています。

当サイトでも以前はかなりのボリュームでジョージィ事件に関する資料を公開していましたが、和解した以上は事を荒立てるのは宜しくないとの自主的判断により長期間取り下げておりました。

しかし2015年に入ってから、いがらしゆみこ氏と親しい某漫画家氏がいがらし氏から耳にした情報を「事件の真相」として一方的に拡散するという事もあり、「いがらし氏から聞かされた愚痴を裏も取らずに真に受けるとどうなるか」という一例として、『キャンディ・キャンディ』裁判当時に井沢満氏が高裁に提出した陳述書、及び『ジョージィ!』事件の年表のみ復活公開しようと思います。

いがらしゆみこ氏が(現在も尚?)周囲に語っている「真相」が果たして真実か否かの判断は、この陳述を一読した上で各自でご判断ください。

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陳述書 井沢満

 私、井沢満(本名、みつる、筆名、まん)が、いがらしゆみこ(五十嵐優美子)氏によって受けた著作権侵害について述べさせていただきます。

私は「ジョージィ!」という、かつて「少女コミック」(小学館)というマンガ雑誌に連載された作品の原作を手がけた者で、同作品は単行本(小学館)として、まとめられ、アニメ化(東京ムービー制作、テレビ朝日放映)になりました。

私が十数年前から受け続けている被害が、水木杏子(名木田恵子)氏が被っている被害と、ほぼ同内容のようですので、今回の係争を判断なさるのに、参考になるかもしれません。お役に立つのなら、概要のみ、箇条書きにて述べさせていただきます。    

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○ まず裁判に提出された私の「確約書」について。

○ まず裁判に提出された私の「確約書」について。
 漫画家より「裁判に必要だから」という要請で、あちらが用意して来た書面に、サインさせられました。気は進みませんでしたが、その時点では、「原作者(水木杏子氏)の、横暴。エキセントリックな言動」といった事実とかけ離れた情報を吹き込まれ、五十嵐氏に多大の同情を寄せていた時であり、名木田氏に無断で五十嵐氏が違法グッズを販売している事実も知らず、更に他ならぬ私自身が五十嵐氏による悪質、意図的な著作権侵害を受けている当事者であるということにも気がついていませんでした。
 また確約書にサインさせられることは、こちらを信用されていないようで不快でしたが、「原作者から不当な扱いを受けて」いる五十嵐氏への同情が不快を上回り、感情を見せずに署名致しました。
 
 確約書は井沢が「書いた」というようになっているようですが、その事実はありません。あちらが用意してきたワープロ打ちの文章に署名しただけです。その時、そばにいた第三者の某マンガ家氏が、それは証言して下さって念のため、文書もあります。
 
 井沢は、その後、虚偽の情報によって署名させられたことに気づき、その後くだんの確約書については、これを破棄するよう五十嵐氏には申し入れました。(五十嵐氏からの回答はありません)
 
 この確約書が裁判に悪用されること、また今後、私自身への著作権侵害に関して転用、悪用されることを怖れます。

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○ 名木田氏が、原作者ではない、という意味の主張を五十嵐氏はなさっているようですが

○ 名木田氏が、原作者ではない、という意味の主張を五十嵐氏はなさっているようですが、この十年以上にわたる五十嵐氏とのお付き合いの中で、そのような言葉を聞いたことがありません。名木田氏が話題に上る時は、常に「原作者」として登場しておりました。「名木田氏の横暴や、異常な言動」が五十嵐氏の口から語られる時でさえ、名木田氏を原作者の位置に置いた発言でございました。

 また係争が始まった時に五十嵐氏から聞いた言葉によると、「弁護士が、ラットちゃん(名木田氏のこと)を原作者ではないという観点から闘うという形にするようで、これはさすがに私も、え〜?と思ったけど」といった内容でした。大意で、細かい正確な言い回しは記憶していませんし、その発言があった時の状況も、よく憶えてはおりませんが、要するに「名木田氏は原作を書いてはいない」ということを裁判上で闘う方便として主張する、といった意味の内容でした。  

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○ 私に対する五十嵐氏による侵害が発覚したのは

○ 私に対する五十嵐氏による侵害が発覚したのは、フジサンケイアドワークを通じて制作されたCDロム、また絵はがきの存在を知ったことからで、これらいずれも私はその存在を知らず、マルC表示としての井沢の名も外されておりました。

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○ そのうちパーフェクTV(衛星放送)で「ジョージィ」(アニメタイトル「レディ ジョージィ」)のオンエアがされていることを人づてに聞き及び

○ そのうちパーフェクTV(衛星放送)で「ジョージィ」(アニメタイトル「レディ ジョージィ」)のオンエアがされていることを人づてに聞き及び、私は寝耳に水でしたので五十嵐氏に問い合わせたところ
 「私も知らない、父がぼけて私にも井沢さんにも知らせるのを忘れたのかしら」
 というお答えでした。
 (ちなみに、くだんの父上は脚本家連盟側との話し合いの席にお元気でお出ましであったようです)  

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○ そのうち、五十嵐氏ご本人から申し入れがあり、

○ そのうち、五十嵐氏ご本人から申し入れがあり、
 「私の弁護士が、痛くもない腹を探られるのは困る、著作権の窓口を切り離しなさいと、言っているから」
 という当時の私には判然とせぬ理由で、私は自分の著作権の管理を日本脚本家連盟の著作権部に預けました。
 事実はまさに、探られて「痛い腹」であったのですが、この時点では、まだ十数年に及ぶ、いがらし氏との個人的な交友の歴史を信じたく、また、共に苦労して一つの作品を創り上げ苦楽を共に分かち合ったパートナーへ「戦友」としての友情・思いもあり、五十嵐氏を信じておりましたので、ジョージィ関連のグッズの無断販売もアニメの無断放送も、何かの手違いだと思っていて意図的になされた侵害だとは自覚しておりませんでした。  

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○ ところが新聞報道で一審の判決を知り、

○ ところが新聞報道で一審の判決を知り、キャンディキャンディに関わる違法グッズが大量に販売されていた事実を知り驚愕、五十嵐氏に不信の念を抱きました。それまで私が聞かされていた事実とは余りにも異なっていたからです。  

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○ 不信をきっかけに、

○ 不信をきっかけに、私の方も調べ始めましたら(本年三月くらいから)、侵害の事実が現れ始め、五十嵐氏側と脚本家連盟を通じて話し合いの場を持って貰いましたが、結果は虚偽の報告を受け取っただけに終わりました。それが虚偽だと言いますのは、その話し合いの結果、五十嵐氏側からは「不正の商行為はない」というお答えであったにも関わらず、その後も次々に原作者である私に無断の商行為が発覚していったからです。

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○ 五十嵐氏はコミックエージェンシー株式会社アコワークの坂本氏という方を代理に立てて

○ 五十嵐氏はコミックエージェンシー株式会社アコワークの坂本氏という方を代理に立てて、こちらの問題に対応されることになりましたが、そのアコワークを通じても、なんらの誠意も示して貰ってはいません。こちらからの問い合わせ、抗議は無視。またアコワークの坂本氏なる人物が五十嵐氏とどういう関係で調整役をやることになったのかも説明がありません。
 坂本氏なる人物は、私が不正使用に関する情報収集のため、名木田氏のホームページの掲示板に書き込みをした直後に咎める調子で電話があり、説明の余地もなく一方的に切られましたので、その後、個人的な接触はしておりませんし、いまだ何故に氏がこの問題に介入していらっしゃるのか不明のままです。 
 代理人を立てる理由として「(長年、事務上の処理を行ってきた)父上が体調不良で寝込んだため」と聞かされましたが、キャンディの裁判はお元気で傍聴席にいらしたとのこと、なぜ、これまでの事務の累積に明るい父上を退けて、これまでのジョージィを使った商行為の歴史と内容に不案内だと思われる第三者を間に立てられるのか、不可解でもあり不本意でもあります。
 また、代理に立った坂本氏なる人物に具体的に調整していただいたという形跡もありません。
 たとえば前述のパーフェクTVの無断オンエアに関しては「六月に支払う」という約束でしたが、すでに四ヶ月が経過した現在十月十七日時点で、いまだ支払いがありません。

 こちらがオンエアを、たまたま知らなければ(本年二月頃の発覚)五十嵐氏はすべての金銭を、自分の懐に入れようとしていたのではないか、そう取られても申し開きできない状況のように思われます。無断オンエア、無支払いは国内に限ったことではありませんから。  

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○現在、露見している無断使用、原作者への無支払い

○現在、露見している無断使用、原作者への無支払いである海外でのオンエアは四カ国に上っています。
 五十嵐氏が私に無断で、いかなる契約を東京ムービーとかわしてオンエアになったのか、また東京ムービーがなぜ原作者への確認もなく海外に売るようなことが出来たのか、現段階では不明。本来、有り得ないことで、いずれ明確にしたいと考えています。 

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○ また指摘したフジサンケイアドワークによる無断商品については

○ また指摘したフジサンケイアドワークによる無断商品については、数ヶ月経過した現在も支払いはありません。ちなみに同社からは井沢のマルC表示を外して無断販売されていた商品を持って、当時の朝井匡人専務が説明とも謝罪ともつかぬ形で訪れましたが、帰り際に「しょせん民事ですからね」と捨てぜりふを残していく有様で、誠意はなく、その後、無断販売された商品への支払いはないまま(本年十月十七日時点)、五十嵐氏側に、どれだけの商行為が「ジョージィ!」を使ってなされたのか問い合わせても、ご返事がないまま「何も問題はない」というきわめて杜撰、無責任な虚偽のお答えが返って来るか、黙殺されているという現況でございます。
 
 またフジサンケイアドワークの元専務朝井匡人氏の来訪に先立って、第一営業部・主事・吉田 茂氏(朝井氏と共に拙宅に来訪)が電話を寄越し、
 「この件(ジョージィ)で騒ぎ立てられては他の原作者にも飛び火して困る」という意味のことを二度繰り返し、
 「いがらし先生が印税を独占したいのなら、正直に言ってくれれば、こちらで原作者分の印税は上乗せして支払ったのに」
 という発言(大意)がありました。
 肝心の著作権侵害については謝罪も説明もないことが心外でしたので、言葉の内容はよく記憶しております。
 また第一、「原作者の分は上乗せして支払ったのに」と言われても、制作・販売の事実すら知らされていない私が、どうやって請求すればよろしいのでしょうか。
 ちなみに、その後も全く支払いはなされていないことは前述の通りです。五十嵐氏からもフジサンケイアドワークからも、支払いはありません。
 私としては、これはフジサンケイアドワークという企業と五十嵐氏とが結託して行われた、意図的悪質な著作権侵害だと受け止めております。

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○ 前述の支払いがないまま、

○ 前述の支払いがないまま、あちこちでジョージィを使った絵画の展示販売会が、挨拶もなく行われ続けています。過去にさかのぼれば、相当数の展示販売(フジサンケイアドワークと株式会社ひまわり主催)が行われて来ました。
 書き下ろし原画に関する原作者の有する権利がいかほどのものであるのかは私には不明ですが、印刷物に関してはグッズと同じ性質の物、つまり原作者に支払われるべき筋合いと思われます。絵とはいえ、作品の名前を使い、作品の人気の延長線上で商売なさっているわけですから。
 
 絵画の展示販売に関しては、事前に原作者に通知するとの取り決めが日本脚本家連盟と五十嵐氏側との間で約束が交わされましたが、一回も守られてはおりません。
 
 抗議すると「展示のみで販売はしていない」という返事が返って来、再調査すると「売却済みの札が貼られていた」(最近では名古屋での展示販売会(ひまわり主催)。高価格でローンまで組まれていた)。そのことに再抗議すると、無視、という状態が続いております。
 必ずしも金銭のことだけではなく「ジョージィ」という名称を、その絵にかぶせられた商行為が行われれば、原作者として私にも作品には権利と同時に責任が生ずるので、無断で価格をつけられて無断で売られるのは困るのです。
 たとえば、「現代『版画』」と称して、内容は千円単位の印刷物を十万円で勝手に売られたりすると、原作者としては道義的責任を読者ないしは購入者に対して取り得ません。
 また購買を目的に展示場を訪れたファンに「どうして、こんなに高く急に値上がりするのか」と問われて、「原作者の先生に払う分があるので」と虚偽の答えをされては、こちらの人格に関わることです。販売の事実も知らず、またそれにまつわる金銭も受け取ってなど、いないのですから。キャッチセールスまがいの商法に自分が心血そそいで創作した作品(無論、原作者として、です)が、利用されていることは耐え難いことですし、まして長年、原作者の存在と権利とを無視してこうした行為が行われ続けて来たことに憤りを感じざるを得ません。

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○ 最近では五十嵐氏が私に無断でイタリア、インドネシア、韓国で「ジョージィ!」の翻訳版を

○ 最近では五十嵐氏が私に無断でイタリア、インドネシア、韓国で「ジョージィ!」の翻訳版を出していたことが判明しました。(今年十月の十五日前後に判明)

 この件に関しては版元である中央公論社が謝罪に現れ、過去にさかのぼる印税を支払うということになりました。しかし、釈然としません。根本の問題は金銭ではなく、五十嵐氏が無断で本を出し、原作者に支払われるべき印税を着服していたという事実ですので。  

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○ 不正が行われるに到った発端を、考えてみますと

○ 不正が行われるに到った発端を、考えてみますと五十嵐氏が私に無断で、それまで版元の小学館に置いてあった権利を、自分のプロダクションに引き上げたことからです
 迂闊なことですが、本職が脚本家である私はマンガの業界に無知でしたので、無断で権利を動かされても疑問には思わなかったのです。
 五十嵐氏は漫画家はアシスタントを使う費用がかかるので私に印税は6:4にするよう要請(五十嵐氏6)、私は快諾。
 
 しかし、この配分率の是非はともかくとして、アシスタント云々を言い立てるのは不誠実だということに最近、気がつきました。なぜなら作品制作中のアシスタントへの支払いは、本来漫画家が支払うべき筋合いのことであり、また、それに見合う原稿料を漫画家は出版社から受け取っているからです。
 その後のアニメ化や、グッズ化に、五十嵐氏のアシスタントは何ら関わってもいないからです。
 
 不誠実な理由を述べて配分を6:4にした上で、五十嵐氏は「手数料」として、更に20%を載せていたことに気づいたのも、最近のことです。つまり、実質8:2の配分率にさせられていたわけです。
 こちらの好意から漫画家の申し出による6:4で全ての配分は為されていたと思い込んでいた私も迂闊でしたが、こちらの金銭に鷹揚な点につけ込まれ、更には五十嵐氏への厚い信頼感を逆手に悪用、騙されたという感は拭えません。
 
 まず、こちらが頼んだのでもない窓口に、なぜ手数料を支払わねばならぬのか。第一、手数料を取るという説明は受けていません。(ちなみに脚本家連盟の手数料は3%です。20%は法外でしょう。五十嵐氏が10%を分担するとしても、しょせん自分の会社への手数料で自分の懐に帰って来るものです)
 版元の小学館から私に無断で自分のプロダクションに権利を移したことも納得できません。(権利の移行は六、七年前のようです)
 配分率を8:2に持っていくための操作であったのかと考えています。
 この間の経過はキャンディのケースと酷似しています、まず版元から権利を引き剥がし、自分の手元へ。そして印税配分率を実質8:2にした上で、原作者に無断の契約を業者と交わし始める、という点で。
 
 配分率が原作者である私にはゼロというケースもあります。
 すなわち、こちらに全く知らせないまま密かに行われた商行為から上がった利益に関してです。(国内外にわたって、アニメ、出版、印刷物によるジョージィのキャラクター販売等)

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○ 被った金銭的損失よりも、

○ 被った金銭的損失よりも、信頼を逆手に取られて騙されたという精神的苦痛、また不正が明らかに行われているにも関わらず、それを具体的に立証しなければ請求のできない、また証拠をつかんで請求しても、支払いがなされない、という不毛の労力、また精神的苦痛が上回ります。
 一連の五十嵐氏側による虚偽の報告、不正のビジネスなどへの対応に追われ、ここ数ヶ月、仕事の時間は激減、仕事の内容にも著しい悪影響をこうむっているという事実は付記させて下さいませ。
 精神的痛手、怒り、失意・・・肉体的にも疲れ果てております。
 やられた側が疲労困憊、やった側は「やり得」といった形になりかねないことをキャンディでの裁判結果に託して、そうはならぬよう祈ってやみません。また(あるいは不遜な言い方かもしれませんが)、裁判所の真実を見抜く目を信じております。

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○ 私に関する侵害は、

○ 私に関する侵害は、香港で出されたCDから私の名前が抹殺されていること、海外での無断アニメ放映(ドイツ、フィリピン、スペイン、トルコ。放映は数年前、発覚は数ヶ月前ですが現時点で、いまだ支払いがありません)等々、まだありますが、煩瑣に渡るので割愛します。
 今年二月頃の不正発覚から現時点(本年十月十七日)に至るまで、あらまし以上の流れです。
裁判のご参考までに、記しました。

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○ 五十嵐氏と私が知り合ったのは

○ 五十嵐氏と私が知り合ったのは某雑誌社(失念。小学館でも講談社でもない)の編集者の引き合わせによるもので、キャンディキャンディの映画化(アニメではない実写版)を依頼されたことに始まります。
 今から十五、六年前の出来事です。
 アメリカで制作して公開する、との話で私はシナリオを執筆。その後の経過は知らないのですが、最近ふと、名木田氏にこのエピソードを話したところ、驚愕。「私は聞かされてなかった」というのです。
 私も、よもや原作者に無許諾で映画化の話があったことに今更ながら驚いております。
 五十嵐氏による原作者軽視、著作権無視は、この頃にすでに萌芽していたのだと思われます。

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○ なお最後に蛇足かもしれませんが

○ なお最後に蛇足かもしれませんがマンガにおける原作者の責任と権利ということについて考えを述べさせていただきます。
 原作者として作品に名前が表示されることは、権利を確保することでもありますが、その作品をめぐって何かのトラブル・・・モデル問題、差別問題、盗作問題等・・・が生じたときにストーリィを書いた者の責任の所在を示す、ということでもあります。
 キャンディで水木杏子の名を原作者として二十五年間も据え続けて来た、ということは名木田氏が責任を負い続けて来た、ということでもあります。
 その責任を無視して、今更著作者ではないという言い分には首を傾げます。
 原作者として、いったんは受け入れた、そのことに出版社と漫画家は責任をとり続けるべきかと愚考します。
 
 私は主にテレビや映画等の脚本を主な生業にしており、映像化する際に原作を使うこともあります。ストーリィを大幅に変え、ほとんど脚本家のオリジナルになった場合でも、いったん原作・原作者として据えたからには、最後まで原作者として遇します。
 極端な例では、原作者(小説家)の人気・知名度が欲しくて、原作を立て、中身はほとんど脚本家の創作、という時でも原作者は、あくまでも原作者として表示され、原作者としての権利を保有致します。理由はなんであれ、いったん原作者として受け入れ、作品に対する責任を負わせたからには、最後までまっとうすべきではないでしょうか。
 
 漫画家にとって(仮に)不本意な原作であったとしても、それはお互い様というべきもので、原作者が常に漫画家の手による表現方法に満足しているとは限りません。
 仕上がった時に、描き直しを要求したい場合もあります。概ね、締めきりの関係で、不本意なまま発表せざるを得ないのですが。
 テレビの場合でも、ほぼ同様の状況ですが、たまに撮り直す時間がある時は脚本家(すなわち、この場合はテレビドラマに於ける原作者の位置)の意向にそぐわないシーンは撮影し直して貰うこともないではありません。
 
 漫画家が今更、原作の不備を言い立てるのはいかがなものでしょう。
 原作に不満がある場合は、その時点で意見を出せばよいことです。原作者と違って、漫画家には、原作を受け取った時点ではまだ直しを要求できる時間のゆとりはあるのですし、私も実際に、漫画家の要求を入れて、手直しした部分もあります。
 その逆は、漫画が仕上がった時点では、締めきりぎりぎりで原作者側からの直しの要求は物理的にできないのです。
 仮に出来ていたとして、原作者がクレームをつけて描き直して貰った部分が、では原作者一人の権利ということが有り得ないのと同じく、漫画家の手で脚色された部分に原作者の権利が及ばぬということは有り得ないのではないでしょうか。
 しかも、その脚色、付加された部分が原作者の意向に実はそぐわぬものであることもある、ということをお考えいただけば、一つの作品で、どこから、どこまでが漫画家の物、原作者の物であるという線引きは無理なように思います。

 そもそも漫画家が脚色・付加した部分ですら、原作というベースに立ってなされた「変奏、アドリブ」に過ぎないからです。演奏でアドリブが為されたからと言って、基本的な譜面を書いた作曲家が権利を失うことはないのと同様なことではないかと、愚考致しております。
 
 私の場合は法廷で「立派な原作者」である、と五十嵐氏ご本人の口からご説明があった由。原作者の位置づけに関して縷々述べました理由は水木杏子氏の原作者としての地位の保全を側面から、かつて同業者であった者として支援させていただきたかったからです。
 力を振り絞って書いた作品が泥足で蹂躙される痛みを分かち合う者として、また社会的な義憤・公憤的見地からも五十嵐氏、その周辺の一部業者による倫理と人の心・・・・誠実・信頼・友情をなおざりにした厚顔無恥、理不尽な所業に深い憤りを感じております。
 また彼らの行為によって本来、被害者である原作者側が、いわれのない誹謗中傷に囲まれ、名誉を逆に傷つけられると言った現実の有りようを悲しく思います、私自身の今までの体験を含めて・・・。
 
 また「立派な原作者」として、五十嵐氏ご本人が認めた私に対して、五十嵐氏が行ってきた、また現在も行い続けている侵害に思いを致す時、名木田氏を原作者として認めていないが故に数々、名木田氏に無許可で商行為を行い続けてきた、という論法は成り立たないと思います。
 なぜなら「原作者」である私をも欺き、名木田氏へと同様の、あるいは、それ以上の不正行為を行い続けているからです、しかも十年以上にわたって。
  五十嵐氏のなさっている行為が不可解で、それが、まだ私に対して意図的になされた著作権侵害であるという自覚がまだ、ない時期に五十嵐氏と電話で話している時に「訴えないでね」と言った五十嵐氏の一言を今にして新たな感慨で思い出します。その時は唐突で奇異な印象を受けたのですが、その時点で五十嵐氏は訴えられる可能性がある行為を自分がなさっているという自覚がおありであったのだろうか・・・と今更に思い起こしております。
 
 以上、拙い文章ですが、人としての名誉に賭けて真実を記しました。なにとぞ、よろしくご判断のほどを仰ぎたく、伏してお願い申し上げます。
 
平成十一年十月十七日 
 井沢 満

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