今回は、ある意味このシリーズの白眉。
できることならば全文転載して、皆様に私の困惑を共有していただきたかった。
…こいつら、確信犯か?唯の馬鹿か?

ヘンシューチョ:
確かに、昔の人は絵のオリジナルというのは、1点しかないわけですから、オリジナルと言っても、それこそ御貴族とか、お金持ちしか絵画を楽しむことはできなかったわけですよね。
それが今の民主主義の大衆社会になって、日本では特に戦後、一般庶民でも楽しめるようになった。しかもそれは版、版画の形で。

版がたくさんあるのに、オリジナルであるという、”複数オリジナル”の概念が生まれた。
しかも版がたくさんあるということは、昔なら一枚の絵にサインをすればいいわけですが、たくさんあるわけですから、オリジナルといっても、わかりにくい。そこで枚数を決めて、それがその何番目、というように、エディションがついた。

ごく基本的なことが分かれば、版画は昔、半分の絵だ、半の絵だと言われていましたが、そうではなく、本当の絵なんだということがいまや浸透してきたわけですけれども。だからこそ、アールビバンが徐々に盛り上がってきた。
文明開化後、西洋美術の価値観が流入してきた日本では、いきおい日本の伝統的大衆芸術である浮世絵版画を貶めるような風潮になりました。
モチーフの大衆性、消費のされ方、そして同じ作品を複数制作できるマスプロダクトであるという点から、唯一無二の「絵画」ではなく「半画」である、と揶揄されたのもこの頃。

しかし志ある作家たちが批判をバネにして、「版画でしか表現できない美とは何か」という命題に真摯に取り組み、技術力、表現力を磨き上げてきたのです。

そのような作家たちの才能と志、世界でもトップレベルの技術を持つ優秀な工房との協力によって、版画が現代美術のジャンルとして認められたのが70年代頃でしょうか。

現代版画が日本の美術界に一ジャンルとして認められたのは、広告イラストレーターの絵を高品位印刷で複製したものを額に入れて限定ナンバーとサインを入れ、「高価な美術品」として売りさばいて暴利をむさぼったヤマ師の功績ではありません!決して!!
ヘンシューチョ:
まあ、よく、絵の言葉でマスターイメージって、ありますよね。主な画家が描く、原画ですね。
オリジナル版画はそのマスターイメージを過不足なく伝える、ひとつの手段ですよね。
原画はひとつしかないけれど、複数のイメージがどんどん広がっていく、拡散していくわけですよね。

その拡散していくから、原画が何千万円しても、もっと安く買うことができるわけですよね。
ただそのとき、ひとつの限界があるわけですよね。マスターイメージをつくった人の限界を超え、例えばマスターイメージを写しているわけですから、印刷ですから、そのイメージが失われてはいけない。それが大事なんですね。
マスターイメージを作った人の監視の範囲内にあるものだけがいい。ある意味それは目業の版画、手業の版画ということになるわけですね。
シャチョー:
ええ、そうですね。そういうことです。
ヘンシューチョ:
今までそういう意味で、マスターイメージが伝わった作品というと。
シャチョー:
やはり、クリスチャン・リース・ラッセンですね。
…いや、ですから、「マスターイメージ=原画」を複製したものは、技法がなんであれ「オリジナル版画」ではなく「複製版画/エスタンプ」であって、「美術品としての版画」ではありませんよ?

手の出ない高価なタブロー(原画)の代用品として、せめて複製画を飾ろうというのは庶民の発想として普通の事だし、そのような欲求に応える為に美術館のミュージアムショップ等には手頃な値段の複製画が置いてありますよね?
でも所詮それは複製だから、あくまで「作家グッズ」であって「美術品」ではないのですよ。
てか、ヘンシューチョ、貴方自身はっきりビバンの商品を「印刷」と認識してるじゃありませんか。

で、「そういう意味で、マスターイメージが伝わった作品」=「エスタンプが大量に売れた作品」つー解釈で宜しゅうございますか?
ヘンシューチョ:
ひとつのマスターイメージ、オリジナルがある人を、エディションを作って世の中に広めようと、やってこられたわけですよね。今美術界は。

いわゆるアカデミックな、昔風な流れがありますよね。それと、社長がされているような新しい美術の形がある。
それについてオリジナルの考え方、エディションの考え方が、向こうとは大分ちがっているわけですよね。
シャチョー:
そうですね、やはり環境が違うというか、身近に見てきたもの、感じるものというのが違うということなんでしょうね。
それから、今の若い人達は、年齢層の少し高い方達が見てきた世界とはまったく達うという次元で、体感してきたわけですから。アカデミックなものばかり持ってきてもピンとこない。そこが差になっているということかもしれないですね。
ちょっとちょっと、ヘンシューチョ。あんたさっきまで「マスターイメージ」という言葉を「タブロー/原画」という意味で使ってきたでしょうが。
何でいきなり「マスターイメージがある=オリジナリティがある」って意味になってるの。
(こういう論理のペテンって詐欺師の常套手段だから、気をつけようね、みんな)

で、ヘンシューチョ仰るところの「アカデミックな、昔風な流れ」ですが、 日本のオリジナル版画の現状については、とりあえず大型書店の美術書コーナーで『版画芸術(阿部出版)』のバックナンバーをいくつか見てください。ちなみに 『版画芸術』には毎号オリジナル版画(印刷物ではありません!)の小品が付録についてきます。 作家によっては結構値上がりする作品もあるとか。

『版画芸術』の編集長・松山龍雄氏は、このように仰っています。
完全にコマーシャルな印刷物に近いものを極端なエディションを作って、ローンを組ませて販売するやり方や、日本画の大家の作品を新聞社が総がかりで後押しするやり方。

そういう複製版画が出来た事は、非常に大きな問題だと思うんです。
本来の版画の市場からすればその10分の 1で成り立つはずのものが、アートとは別の世界で出来てしまった。
コマーシャルな版画は調べてみてビックリしましたが、年間200億円~250億円売るんです。50万円くらいのものを数千点売るわけです。

物凄い数ですよね。確かにローン会社と一緒になっているからかもしれませんが、それはいわゆる美術界とは別の構造のものです。問題は大きいですよ。
そういう意味で、雑誌だけでじゃなくて、美術館や画廊にも責任があると思います。難しいものを抱え込んでしまったかなと思っています」

「普通の方は、最初のうちは、自分の目で買うというよりも名前で買う人や、富士山とか花の絵だとか、誰が見ても判りやすくて一見ハッピーな絵が判り易いという事で買ってしまう。それを余裕のある購買層に、これが高価な美術品と同じですよという風にして押し込んで売ってしまった

>>OZAURUS INTERVIEW Internet Archive
はい、確かに「アカデミックな、昔風な流れ」の側と、野澤シャチョーのされているような「新しい美術の形」とでは「オリジナルの考え方、エディションの考え方」が大分ちがっているようですね。

今の若い人がビバン商法にコロコロ引っかかるのは、美術界の側がそういう美術の常識をきちんと啓蒙してこなかったせいだと思いますよ、私も。
「年齢層の少し高い方達が見てきた世界とはまったく達うという次元で、体感してきた」って、そういう意味ですよね、シャチョー?
ヘンシューチョ:
そうですね。当然それはもちろん普遍の価値というものはありますから、アカデミックにも普遍の価値はあるし、こちらのサブカルチャーの世界にもあるし、それは同じものだと思うんですよね。さっき言ったシャガールなんかも、そうだと思うんですよね。
この一番美術で問題になってくるのは、オリジナルといって、一体何がオリジナルかということだと思います。じゃあ、エディションの意味はとか。
美術品を買う、楽しむ方々に、この問題を知ってほしかったんですよね。

シャチョー:
美術品の中でも特にこの版画の力をもって、今まで挑戦しなかった、まあ若年層も含めて版画の力をもってある程度の広げ方はできたのですけれど、なかなか思うようにはいかないなあと感じますね。

ひとつは画家の問題。大衆を動かせる、ひとりの画家でそういうインパクトのある人がなかなかいないということですね。

ですからたくさんの画家を集めれば、それなりの広げ方はあると思うんです。100人いれば100通りの好みがあるというところでしょうか。
しかしそこはコストですとかいろいろな問題があって、先に進みにくい。

ただどうなんでしょう。ずばり言って、価格の問題というところにもこれから相当考えていかなくてはいけないと私は思っています。
やはり価格、世の中のいろいろな動きと同じ様な、近い提案が今後できていかなくてはいけない。安ければいいとは、私は思ってはいませんけれども。
はいはい。私も「エディションの意味はとか。美術品を買う、楽しむ方々に、この問題を知ってほしかった」のでこのようなサイトを運営しているのですよ、ヘンシューチョ。私たち、ハートはひとつなのね♪

ええと、シャチョーの御言葉を分かりやすく翻訳すると、
「ラッセンみたいに日本の消費者の最大ボリュームゾーンであるヤンキー&ファンシーにアピールできる売れ筋作家は他にはなかなかいないので、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる式に萌え系イラストレーターに片っ端から声をかけて馬鹿なオタクから搾り取ろうとしてみた。
でも、オタクの趣味は細分化されているのでラッセンヤマガタのような大量のエディションをさばけず、意外とコストがかかってしまい、業績も悪化してしまった。
だから西又絵は170EDを30万円でボッタくってみたが、メモオフは50EDを20万円台あたりで売ることにした」

…という感じでしょうか?
ヘンシューチョ:
先程マスターイメージが大事だという話をしましたが、その中には社長がおっしゃったような、例えばミステリアス、癒し、物語、そういう原作者が一生懸命伝達しようとしている心からのアピールですよね。そういうものを伝える、物質化された、造形化されたものですよね、絵というものは。

実際に印刷やテクノロジーが発達して仮にユニクロのようなものができて、実際に、例えば薬品は薬品店でしか売ることができなかった。それが今はコンビニで販売できるようになった。
それと同じようにやはり今までの既成の画商や絵を売る組織だけでなく、広がっていっていいと思うんですよね。

そのとき大事なのが、原作者のマスターイメージの想いがそのまま美術的なもので伝わる、それがりーズナブルな価格で手に入る、そういうことができれば、夢物語ですが、理想に近い。それを社長がお考えになっているということですね。
知らなかった。
グインやDの文庫本の表紙やサイバーフォーミュラの版権イラストにそんな深いメッセージが込められていたなんて!
「それ散る」のパケ絵やマジキューのポスター絵にそんな心からのアピールがあったなんて!!

流石は理論武装したインテリゲンチャであらしゃる室伏ヘンシューチョ。等身大咲耶のイラストからも、きっと私のような凡俗には到底読み取れない深遠なテーマを的確に感じとっていらっしゃるのでしょうね。

ところでヘンシューチョ仰るところの「夢物語」ですが、御存知ありませんか?
  • 日展の通販部では、文化勲章受賞クラスの日本画の大家のジークレー複製画を額装済(A3判)3万5千円で売ってるんですよ。4色オフセット印刷の複製画は1万2千円。
  • サブカル系アーティストの紹介に力を入れているスパンアートギャラリーでも、限定サイン入りデジタルプリントを1万円台(額は4,500円)、シルクスクリーンを2万円台円で販売しています。
  • 集英社や小学館ではジークレー印刷のコミックアート額装複製原画を2~3万円で、まんだらけではマニア系漫画家の額装済シルクスクリーンを3万5千円で。
  • 復刻浮世絵を東京国立美術館のミュージアムショップに収めているアダチ版画では、水木しげる先生の鬼太郎の木版画(当然、彫りも刷りも手作業)を17万円で販売。
  • 最近は自作のイラストを高品位デジタルプリントにしてファンに直販しているイラストレーターさんも多数いるようですね。
  • 世界最大のアートポスター販売会社AllPosters.com.では、ウォーホル、シャガール、ミュシャ等のジークレー複製画が3万円以下で買えます。


なんて素晴らしい、夢のような現実なのでしょう!
…で、ビバンはいつ理想を実現するのですか?