蜘蛛之巣城

あしなえ姫の寓話

複製画のことはさておき、「メリンダおばちゃん死亡」と聞いて、『プリンセスGOLD』を立ち読みしてきました(あやうく『ビーボーイGOLD』を手に取りかけたのはご愛嬌)。物語中唯一興味が残っていたのが、メリンダ王妃の処遇だったのですが…。

ネット上の読者の発言から判断すると、
ローラントの危機に際してシェンドラが死神の前に自分の足で立ち塞がり、何故か死神は代償にメリンダの命を奪っていった。 シェンドラは自責の念にかられるが、女王として国を治める決意を固める。
…という流れ?

「骨組み」だけを評価すれば、「少女の自立を描いた寓話」として、優れた構造の物語だと思います。


「男達から選ばれなかった」事がトラウマになって、男達と男達の作り上げた社会を憎悪していたのがメリンダ王妃。

そんな母親に育てられ、「自分は『選ばれない女』である」という思い込みが強烈なコンプレックスになったのが、シェンドラの「呪い」の正体。その「呪い」のせいで、彼女は立ち上がって外の世界に歩みだすことができなかった。

しかし彼女はギリギリの瀬戸際で、「歪んだ愛情ではあるが、確実に自分を愛し、守ってくれる母」と、「自分が愛しているが、自分を選んでくれるかどうかはわからない男」を無意識下で天秤にかけて、「不確実な他者である外の世界の男」の方を選んだ。

「自分が選ばれるかどうか」よりも「自分が何を選ぶか」を優先し、その選択の結果に責任を持つことで、彼女は「自立」した。精神の自立によって「呪い」は解け、彼女の肉体も立ち歩く力を得た。

…ということでしょう、多分。
大先生お気に入りのフレーズ「多重のナンタラ」というのは、こういう「解読」を要するドラマ構造の事だと思うのですが。平たく言うと、「上手なたとえ話」。


しかし、ダラダラとした物語の中で何度も類似エピソードが繰り返されて、新鮮味がなくなった末にこの結末が描かれても、効果は半減。勿体無い。

大分前にも書いたけれど、この作家は「物語の骨組み(プロット)」を作る能力は優れていると思う。ただ「物語の肉付け(エピソード)」作りが下手。

削ぎ落とした描写でテーマ性がくっきり浮かび上がる作品は若書きでも評価は高いが、ページ無制限でだらだらと即興エピソードが続く作品は、作家の美点を殺し欠点ばかりが強調されるので、 『妖精国』の「ノンストップ無期限連載」は自分の首を絞めるような最悪の選択でしたな。責めるべきは「大転」当時の担当か。最終的には自己責任ですが。

それにしても、実の娘からさえ選んでもらえなかったメリンダおばちゃんは、哀れな女性だなぁ…。