蜘蛛之巣城

梶原一騎の定理(1)~それは、出会いの奇跡の物語

よーやくあしたのジョーの方程式を読めたわけです。基本ラインは出崎統監督のインタビューと似たような論でしたが、私も色々と刺激をうけたので…うん、ホントに色々とね…これからじっくり感想を書いていきます。


が、『ジョー』の話に入る前に、この本のお陰で、『巨人の星』の花形満というキャラクターについて悟るとことがあったので、そっちの話を先に。

もし花形が死んだとしても、飛雄馬の目標にとってはどうでもいいことじゃないですか。もちろん悲しむと思うし、実際にはいろいろなドラマになるとは思うけど、目標である”巨人の星”が決定的に影響を受けることはない。〔島本和彦〕

この島本先生の言葉でハタと気づいたのですが、「キャラ属性」(美形・ブルジョワ・天才・キザ男)を抜いた「キャラクター」としての「花形満」の本質は、「矢吹丈」に近いのではないかと。

そして飛雄馬は花形にとっては「力石徹」に相当するキャラクターなのではないかと。


明子との最後のデートにおける花形の告白。

常識めいたものを すべて破壊することに快感をおぼえ
強い不良少年もあるなどと ブラック・シャドーズを結成してイキがっているとき
ぼくを野球が・・・星飛雄馬と引き合わせた!
これほど骨のズイまで日本的なチビはいなかった

しかし かれのは 失われ行く日本の美!
こよなき美学だった!

(略)

まず”日本の男”になりたいと ぼくはねがい
それゆえに目標の 飛雄馬くんに必死にいどみつづけ
いどみつつ まなんだ!

(略)

つねに飛雄馬くんは いっときぼくが頂点をきわめても
またすぐ さらに高い山頂から よぶ目標であってくれた……

野球が「飛雄馬との出会い」をもたらしたのであって、飛雄馬が花形に野球への情熱をもたらしたというのではないのね。

飛雄馬の目標は「巨人の星」という抽象的なものだけれど、花形の目標はあくまで「星飛雄馬」という一人の人間。


英国でエリート教育を受けて、その欺瞞にイヤ気がさしつつも、母国の日本的土着にもなじめず、心の置き所がない。
天与の才能と美貌と裕福な家庭環境に恵まれても、心は満たされない。
望めば何でも手に入る恵まれた立場なのに、その「望み」が持てない。だから何も持たないのと同じ。

現実に身の置き所がなく、心満たされず、自分の望みが何かも分からずに、ただ社会に反抗するだけだった「不良少年」が、初めて心の底から美しいと思える人間に出会う。世界が一変する。
それまでの自分を捨てて、未知の世界に飛び込む。
彼を追いかけ、彼と向き合い、何度も挑むことで、彼の持つ輝きを自分のものにしようとする。
その為なら、どんな苦しみもいとわない。


孤児とブルジョワ坊ちゃんの差こそあれ、ジョーと花形の背負ったドラマは同じ。
力石徹と出会い、彼を憎み憧れ挑み続け、その死を背負って生きた矢吹丈。


胸の中に輝く星を持つ少年・星飛雄馬を追いかけ、父に背き、巨人からの誘いを蹴ってあえてタイガースに入団し、大リーグボール攻略のために、時に無様な姿をさらしてまで飛雄馬に挑みつづけた花形満。

付記)そういえば、矢吹ジョーも白木ジムのスカウトを「同じジム所属では力石と闘えないから」という理由で断ってましたね。

星くん きみだけが ぼくの闘志に火をつける男なのに
きみは自分の巨人の星を見失うばかりでなく
ぼくの目標の星までうばうのか!?

飛雄馬と対決することで、自分自身の「輝く星」を見つけたいと思っていたんだろうな、花形は。


小説版『巨人の星』では、しばしば「美しいけもの」と形容される花形満。
「キャラ」 としては正反対の属性を持ちながら、「キャラクター」としての魂は矢吹丈と同じ花形満。

そのようなテーマを背負ったキャラクターとしての「花形」を主人公にした漫画なら、ものすごく読みたいんだけどね。今のマガジンの『花形』にそれを期待しても、無理な相談だろう(溜息)。

なぜ あれは 純情なりし日の一コマだなんて おとなぶって思いたがるんだっ
むりに 郷愁にしてしまうんだ?

甲子園の土はなつかしき思い出などのためにあるんじゃないっ

あそこをめざした試練は  あそこでおこなわれた死闘は
永遠に過去になどならぬ 未来永劫のためにあったんだ!

不屈の男として未来に生きぬく いわば魂の道場としてあったのだ!