蜘蛛之巣城

『シーク』と拉致監禁ロマンス


Rudolph Valentino being
THE SHEIK

前回の記事を書く際にロマンス小説について色々検索する過程で知ったのですが、

ルドルフ・ヴァレンティノ Rudolph Valentinoの代表作『The Sheik(1921)』の原作と、"イット女優"クララ・ボウ Clara Bowの出世作『It (1927)』の原作小説が、それぞれ

『シーク―灼熱の恋 (E.M. ハル作)』『黒い髪の誘惑 (エリノア・グリン作)』として、サンリオのバーバラ・カートランド ロマンスシリーズから翻訳されていたのでした。

90年代になってから、こんなものがペーパーバックで訳出されていたとは。

ヴァレンティノの『シーク』

ヴァレンティノの『シーク』は、その後ハーレクインロマンスで一大ジャンルを築く「シークもの」の元祖です。

ご参考までに、Amazon.co.jp 「ハーレクイン シーク」の検索結果。
ハーレクイン・ワールドの「シークに強引にかっさらわれる」は、本邦における「トーストをくわえて通学路を走っていたら、気になる男のコと正面衝突」に相当すると考えてよろしいでしょう。

ブルック・シールズ主演の『サハラ(1983)』にもアラブの族長とのロマンスが出てきますが、ハリウッド的には「1920年代テイストといえば、シークとのロマンス!」という認識なんでしょうな…ハズしてたけど(ブルック・シールズは本作で第5回ゴールデン・ラズベリー賞受賞)。

閑話休題。

E.M. ハルの原作小説は、発表当時のイギリスでは「甚だしき猥褻 poisonously salacious」と叩かれたとか。


The Internet Archive
The Video Cellar Collection > The Sheik

The Sheikは、その後のハーレクインの「シークもの」のルーツでもありますが、

ヒロインが、アラブだのスペインだのギリシアだのの、エキゾチックで血の気の多い封建的な金持ち権力者の黒髪ハンサムに、無理やり砂漠だの孤島だのに拉致られた末、真実の愛が芽生えてハッピーエンド。

という「拉致監禁ロマンス」パターンの元祖でもありましょう。

無論、ローズマリー・ロジャーズの「時代物レイプロマンス小説(bodice-rippers)」の直系先祖であることも、間違いありません。


ここで更にThe Sheikの先祖を辿ってみると、十九世紀英国のゴシックロマンやフランスのロマン・ノアールになるでしょう。

清純なヒロインが悪漢に拉致監禁されて、あわや貞操の危機!というところにヒーローが颯爽と現れて、悪漢を倒してハッピーエンド。
監禁された乙女の貞操の危機に劣情をかき立てられてドキドキしたところで、勧善懲悪の予定調和なオチがつき、不道徳な興奮が鎮められて日常に着地するという構図。

そこに「清純な乙女を拉致監禁する悪漢」「最後に乙女と結ばれるヒーロー」が同一人物であるThe Sheikが登場。「不道徳な性的興奮」が持続したまま物語が終わるのだから、ウン、そりゃ「甚だしき猥褻 poisonously salacious」ですわな。

作者のE.M. ハル的には、「なんだかんだ奇麗事いっても、ぶっちゃけ、キモはそこでしょ~?」ってとこでしょうか。  


というわけで、結論。

『覇王・愛人』は、十九世紀ゴシックロマンスにルーツを持つ、女性向けエンターテインメントの王道である。


……こんな結論、嫌だ。

シーク―灼熱の恋

シーク―灼熱の恋―

シーク―灼熱の恋―

[著]英洋子 [原作]E・M・ハル

追記:
サンリオ版の『シーク―灼熱の恋』は原書からしてアブリッジ版(エロティックな場面がカットされている)。

完訳版は、なんとびっくり、この記事の初稿から6年後の2012年に二見文庫 ザ・ミステリ・コレクションから刊行されました。リクエストが多かったのでしょうか??

(ちなみに同作は完訳版刊行より先に、2009年7月に英洋子先生によって漫画化されています)

尚、ハルは鬼籍に入って50年以上経っているので、原語版はパブリックドメインになっています。

バーバラ・カートランド編ライブラリー・オブ・ラブ

オマケ:
バーバラ・カートランドはLibrary of Loveと題して自分が娘時代に読んだロマンス小説のアブリッジ版叢書を編纂している。

#01 The Sheik by E. M. Hull
『シーク―灼熱の恋』 E.M. ハル
映画『シーク The Sheik』原作

#02 His Hour by Elinor Glyn
『ペテルスブルグの恋人』 エリノア・グリン
映画『男子凱旋 His Hour』原作

#03 The Knave of Diamonds by Ethel M. Dell

#04 A Safety Match by Ian Hay
『セイフティ・マッチ―ダフネの場合』 イアン・ヘイ

#05 The Hundredth Chance by Ethel M. Dell

#06 The Reason Why by Elinor Glyn

#07 The Way of the Eagle by Ethel M. Dell
『峡谷の鷲』 エセル・M. デル

#08 The Vicissitudes of Evangeline by Elinor Glyn
『イヴァンジェリンの日記』 エリノア・グリン

#09 Bars of Iron by Ethel M. Dell

#10 Man and Maid by Elinor Glyn

#11 The Sons of the Sheik by E. M. Hull
The Sheikの続編

#12 Six Days by Elinor Glyn

#13 Rainbow in the Spray by Pamela Wynne
『虹がかかる時』 パメラ・ウィン

#14 The Great Moment by Elinor Glyn
グロリア・スワンソン主演映画『大事な時 The Great Moment』原作

#15 Greatheart by Ethel M. Dell

#16 The Broad Highway by Jeffery Farnol

#17 Sequence by Elinor Glyn

#18 Charles Rex by Ethel M. Dell

#19 Ashes of Desire by Pamela Wynne
『欲望のなきがら』 パメラ・ウィン

#20 The Price of Things by Elinor Glyn

#21 Tetherstones by Ethel M Dell
『愛の鎖』エセル・M. デル

#22 The Amateur Gentleman by Jeffrey Farnol
映画『紳士渡世 The Amateur Gentleman』原作

#23 His Official Fiancee by Bertha Ruck
パラマウント映画『選ばれたる女 His Official Fiance』原作

#24 Lion Tamer by E.M. Hull
『サーカスの天使』 E.M. ハル

#25 It by Elinor Glyn
『黒い髪の誘惑』 エリノア・グリン
後にエリノア・グリン自身がパラマウント映画『It あれ』用に脚本化…という事だが、改作の過程で大分別物になったらしい。

#26 FRECKLES by Gene Stratton-Porter
ジーン・ポーター女史の『ソバカスの少年』

#27 Leave It to Love by Pamela Wynne

#28 Ramazan the Rajah by Vere Lockwood

#29 Money Moon by Jeffrey Farnol

#30 Only a Girl's Love by Charles Garvice

そういえば、ジェフリー・ファーノルの冒険小説って邦訳版が存在しないのね(戦前はどうだろう?)
訳して紹介してみたい作品もあるんだけど、当分はサバチニで手一杯…