蜘蛛之巣城

アメリカンYAノベル今昔

連休中に蔵書の整理をしていたら、早川文庫の山の中から
← が出てきました。

あー、そういや、こんなシリーズあったね。

時は1986年、講談社X文庫ティーンズハートが馬鹿売れして各社がティーンズ文庫市場に参入していった頃。

我等が早川書房も何を血迷ったかアメリカの学園小説「スイート・ヴァレー・ハイ」シリーズの翻訳独占権を取得。ピンクの背表紙で「ハヤカワ文庫 YR」のラインを創刊したのですわ。これは創刊時のチラシ。


シリーズ原作者はフランシーン・パスカルという女性ライターで、彼女のプロットを元に数人のライターチームが毎月ペーパーバックを書き下ろしていたらしい。
…学園小説版ペリー・ローダン?


英語版Wikipediaによると本線シリーズが143話。他にスピンオフも大量にあるらしい。83年にシリーズ開始で約20年続き、TVドラマ化もされたと。
チラシに引用されてるヤング・アダルト部門ベストセラーリストを見ると、確かに人気シリーズだったらしい。

向こうではベストセラーだから、翻訳権は結構ふっかけられたんじゃないかと思うんだけど、日本ではサッパリ売れずに20巻で打ち止め。
89~90年には前日譚にあたる「スイートヴァレー・ツイン」が16巻までポプラ社から出ていたらしい。こっちも売れなかったんだろうな。


肝心の内容なんですが、まずはチラシ掲載の「主な登場人物」を見ておくんなさい。

エリザベス: 金髪碧眼のヒロイン。高校生。ソロリティ「パイ・ベータ・アルファ」のメンバー。父は有名弁護士、母はインテリア・デザイナー。美人でまじめな優等生。

ジェシカ: エリザベスの双子の妹。ソロリティメンバー兼チアリーディング部キャプテン。美人でモテモテ。

トッド: ハンサムなバスケ部キャプテン。エリザベスのステディ。

ブルース: 町一番の金持ちの息子。フラタニティ「ファイ・イプシロン」会長。 ハンサムなプレイボーイ。

…何、このトレンチコート・マフィアがブチ切れそうなメンツ。

よーするに、あれだ。アメリカの学園生活の「勝ち組」を主人公にした華やかな学園ドラマなわけだ。
『ビバヒル』のジュヴナイル版つった方が分かりやすい?

エピソードガイドの後半の方を見ると、アフリカ系学生がイジメにあったり、白人と黒人のカップルが親に認められなくて苦悩したりという展開もあるようですが、基本的には白人でソロリティに入れるような裕福な家庭の美人姉妹と、スポーツマンのモテ男がドラマの中心になってる。

アメリカのスクールカースト上層部の連中が主役なんだ。


なんでこんな作品の事を長々と紹介してるかというと、この所考えていた、
20年前には
「アクションものの少年漫画はまだしも、こんな異常に大きな目玉の少女と両性具有者のような男しか出てこないマンガが、アメリカ市場で売れるわけないだろう」
と言われていた少女漫画が、一種の「隙間産業」的な需要とはいえ、米国市場で一定の読者を獲得できたのは何故なんだろう

…という問題の答えの一部がこのシリーズに潜んでいそうだから。


80年代にヤングアダルト小説市場が読者に提供していたのは、SVHのような「アメリカの学園における勝者の論理を肯定した物語」だった。

ネクラは駄目。スポーツとオシャレにがんばり、社交性を発揮してステディをつくってこそ楽しい学園生活!

…でも、小説なり映画なりにノメりこむのって、基本的にオタク的な子でしょ。内向的というか、内省的というか、ネクラというか。そういう子って、SVHのような作品のことは「ケッ」と思ってそう。

アメリカ社会が押し付けてくるヤングアダルト小説はSVHみたいなので、コミックブックは原則マッチョなスーパーヒーローもの。
アメリカの学園生活でヒリヒリとした生き辛さを感じてる子、マチズモに辟易している文系でスノッブな子は、SFやFTに「追いやられて」いたんでしょう。

そんな所に入ってきたのがジャパニーズOTAKUカルチャー。
日本では文系で内向的な子の為のエンターテインメントが一大産業を成している!しかもネクラな文学少女が己の妄想を思う存分弄べるフィールドが用意されているなんて!

アメリカ社会の側から、エンタメ産業の側から、その存在を無視されていたマイノリティは、なかなかに結構なボリュームがあった訳だ。


2014年8月追記:
その後、2008年夏に北米mangaバブル崩壊。
入れ替わりのようにネクラ文学少女向けパラノーマルロマンス・ヤングアダルトノベルの『トワイライト』シリーズが映画化を期にメガヒット。
北米の出版界は「ギーク女子向けヤングアダルトノベル」とそのマルチメディアビジネスに力を入れ始める。

そして北米産少女向けmangaは、ヤングアダルトノベルのコミカライズという方向で定着する事になるのであった。

ちなみにスイートヴァレー・ハイはリバイバルブームなのか、映画化企画があがったりしてます。

ところで、『トワイライト』のファンフィクションから派生した女性向けのSMエロチカ『フィフティ・シェイド』シリーズが英語圏でバカ売れし、その翻訳出版権を手に入れたのが早川書房。

ハヤカワはその為に女性向けエロチカ専門のRIVIERA(リヴィエラ)レーベルを設けたが、あまり売れなかったのか尻すぼみにレーベル終了したようだ。
本国ではバカ売れだけど日本ではイマイチなのは往年のSVHと同じ…。