蜘蛛之巣城

首藤剛志さんのこと

2010年10月29日、脚本家・首藤剛志氏永眠。


驚いたというより、恐れていた事が起こってしまったという感じ。

昔から「入院のプロ」を自称する不摂生な方だったし、エッセイなどで窺える近況でも体調不良をうったえていらした上、あのミンキーモモの無断ミュージカル化事件が相当のストレスになっていたのも想像に難くない。

この所の気候の変化に、内心「首藤さん大丈夫かなぁ」と心の隅で案じていたところの訃報でした。


今年の3月、首藤さんがWEBアニメスタイルで長期連載していたエッセイの終わり近くに、私が昔運営していたポケモンファンサイトについて触れた箇所があり驚愕。

しかも首藤さんの紹介ページのプリントアウトが未だにお手元にあることを知り、モモの件のお見舞いと小田原文学館の首藤剛志展の感想かたがたファンレターを送ろうか…と思いつつも中々文章がまとまらずにいる内に、こんな事に…。


日本の映像史には、日本映画のアメリカでの興行記録一位(両国の現在の経済状況から見て、恐らく今後数十年は破られない) である『劇場版ポケットモンスター ミュウツーの逆襲』の脚本家として名が刻まれるのでしょうが。

日本のテレビアニメ史においては、ガンダムでコアが形成されたアニメマニア文化が「キャラ萌え」の方向に拡散していく流れを作った人として語られていくのかなぁ。

首藤さんの手がけた作品群は、テーマと物語という芯がガッチリある上に、自由闊達で遊び心溢れるキャラの言動によって生き生きとドラマが肉付けされているのですが、首藤さんのフォロワー達がそういう「キャラいじり」のみをメインにした方向に突き進んだ末が現在のアニメ界だったりする訳ですよ。


例えば『戦国魔神ゴーショーグン・オリジナルドラマ編/闇よ美しくあれ』(1982年)。

思い返せばあれって、現在の「キャラクターCD」の元祖だったんじゃないだろうか(マクロスの『ミスDJ』シリーズはこのちょっと後)。

それまでのアニメのドラマ編レコードって、ホントに本編の音源を収録しただけ(島本和彦著『アオイホノオ』参照。ビデオの普及していない時代はそれだって有難かったけどね)。完全なコレクターズアイテムだったんだけど、『闇よ~』はA面を敵役キャラ・ブンドル局長を中心に人気エピソードを再構成した新録、B面は各レギュラーのコミカルな寸劇。洒脱な台詞回しと芸達者な声優さんたちの掛け合いが楽しくて、他愛ない内容なのに何度も聴いた思い出が。


『その後の戦国魔神ゴーショーグン』のLPは買いそびれてそのまんま…こっちはCD化もしてないんだよなぁ…レコードプレーヤーごと買うか。

『街角のメルヘン』がDVD化されなかったのは、音楽著作権の問題なんだろうか…。

『超くせになりそう』もなんとかしてほしい…。

アニメ版Witchibladeは首藤さんにシリーズ構成して欲しかったなぁ…。

鏡の国のゴーショーグンは出版可能なんだろうか。

首藤さんの陸モモはもう観られないんだな。
金銭的な損得抜きで作品世界を守るためにつっぱる人がいないと、ハイエナみたいな連中にいいようにされて「萌えキャラグッズのネタ」として一方的に消費されてボロボロにされちゃうよ…。嗚呼……。


私が十年近く前に総英語のポケモンサイトを作ったのは、というか、自分のサイトを持つようになったのは、当時世界中で大ブームになっていたポケモン海外版の翻訳が余りにも酷かったから。

ローカライズ担当の4KIDSについては、肉Ⅱ世サイトの方でまとめ記事を書いてますが、特に劇場版第一作目の翻訳が酷くて、余りに腹立ったから英語版のシナリオと自分がオリジナル版を英訳したものとを並べてUPしたりしてた。

翻訳自体も酷かったけど、TV放映時のクレジットにもオリジナル版の脚本家や演出家の名はなく、ローカライズ担当の現地スタッフの名前のみが並び、ビデオソフトのパッケージも同様。
当時の英語圏の子供達は、ゲームクリエイターの田尻智さんがアニメ版の全てのエピソードを考えていると思い込んでた。

あの頃はWikipediaもなかったし、多言語による充実したアニメのデータベースサイトもなかったし、そもそも製作スタッフに興味を持つような子も少なかった。


で、ムカついた私はポケモン全話のサブタイトルとともに、各話の脚本家・演出家・絵コンテ担当・作画監督の名前をローマ字でリストにしたものをアップしてた。

リスト化しただけで余計な解説はつけなかったんだけど、ウチのサイトの常連の子が掲示板で「僕気がついた!作品世界の設定に関わるような話は首藤が書いているんだ。あと、浅田裕二が演出と絵コンテを担当した回はアクションが大胆なんだ」って書いてきた時には、「オシ!太平洋の向こうにマニアを一人育てたぜ!」とガッツポーズをしたもんです。…あの子、今どうしてるかな。


開設三年目で小プロからの訴訟恫喝をうけて閉鎖するハメになったけど、未だに「サトシの父親論争」が出ると昔の私のサイト記事が引き合いに出されたりするし、web.archive.orgのキャッシュにリンク張ってるサイトも結構あるんだけどね。

それなりにアクセス数はあったとはいえ、中堅の下程度のサイトだったので、まさか首藤さん御本人がご覧になってプリントアウトまでされていたとは。
悪い印象をお持ちではなかったようなので、ホッとしつつもむず痒い。


2003年8月に閉鎖以来、ポケモン関連の記事は二度といじるつもりはなかったけど、今回追悼に首藤さんのページを再アップしました。
十年近く前の英語力なので所々ヘンな文章だけど、あえていじらず。参考画像はいくつか差し替え。

ページ作成当時は首藤さんが肝臓を傷めて入院中だったので、訃報の場所にはロケット団の三人が花束を抱えて「Daddy, Take care of yourself!」と言ってるファンアートがありましたが、2003年に小プロから二次創作の無断公開は一切許さないという通達があったので、削除。

首藤さん御本人には思いがけなくもメッセージが伝わっていたのだから、もういいんだ。


R.I.P. Takeshi Shudou