蜘蛛之巣城

今更ながらスコピルの話

竹熊健太郎の『スコット・ピルグリム』評

TLに流れてきた Togetter-日本マンガ・アニメの海外普及について の中の 竹熊健太郎(@kentaro666)からゆうきまさみ(@masyuuki)に宛てたツイートがあまりにもひっでぇシロモノだったので、今更ながらのスコピル解説。

私は昨年日本公開された「スコット・ピルグリム」のアメコミ翻訳版を読んで衝撃を受けました。あの作品、日本の学園物とバトル物の影響を受けて描かれた作品で、日本漫画テイストが入っているのは当然なのですが、私が衝撃を受けたのは作品スタイルではなく、シナリオです。
kentaro666 2013-04-16 04:09:04
主人公のスコットはカナダのハイスクールに通う普通…ではなく、アニメとゲームが大好きなオタクの高校生。当然ガールフレンドもいません。ここまでは日本の冴えない高校生を主役にした学園物と同じです。そんなスコットに可愛いガールフレンドができる。これも、いいでしょう。
kentaro666 2013-04-16 04:12:40
ところが話が佳境に入ろうとするところで、スコットがある女性に一目惚れし、彼は前の恋人に「ゴメン、もっと好きな人ができた」とあっさりその女性を振ってしまうのです。そこに「自分の気持ち」以外の理由がないのです。コミックでも映画でもその展開は同じです。
kentaro666 2013-04-16 04:17:14
学園ものを沢山描かれているゆうきさんなら、この展開は日本ではあり得ないと同意されると思います。私、作者と対談したときその点を問いただしましたが、向こうは私の質問の意図が分からなかったようで、明確な回答は得られませんでした。
kentaro666 2013-04-16 04:19:28
日本の学園物で主人公が「もっと好きな人ができた」というだけの理由で女性を振る展開はあり得ないだろうと思います。あるとしたらギャグ漫画で、「異常者のレベルで気まぐれな男」を出すくらいしか思いつきませんし、出しても編集が止めるでしょう。読者が不快になるからです。 kentaro666 2013-04-16 04:25:53
ええ。ただ主人公が、「これまで女性に持てた事がないゲームマニアの高校生」という設定なんですよ。その設定でこの展開は、ちょっと私には考えにくいのですが。
kentaro666 2013-04-16 04:34:37

正誤表

では、間違い探しいってみよ~!

誤:主人公のスコットはカナダのハイスクールに通う普通…ではなく、アニメとゲームが大好きなオタクの高校生。
正:主人公のスコットはカナダの無職ニートな23歳(大卒)。アマチュアバンドのベーシストでX-Menの大好きなギーク青年。

誤:ところが話が佳境に入ろうとするところで、スコットがある女性に一目惚れし
正:原著全6巻中の1巻、チャプター2(日本語版1巻の40ページ目)で正ヒロインのラモーナに一目惚れ

誤:「これまで女性に持てた事がないゲームマニアの高校生」
正:16歳で初カノ。女の子にモテたくてバンドを始め、学生時代はスクールカーストとは別に「イケてるやつポジション」を確保したリア充。しかし卒業後もそのノリが抜けないままですっかりダメ男に…

本編の始まる1年前に彼女(田舎出のさえないanimeオタクだったが、スコットと出会ってから脱オタしてオシャレになる。やがてビッチ化し、バンドを乗っ取ってスコットを捨てる)と破局。

そろそろ傷の癒えてきた頃に素直な華僑の高校生女子と出合ってなんとなく数回デートした処で、本気の恋の相手であるラモーナと出会う。


 Scott Pilgrim Scott Pilgrim Color #1

チャプター1では「男慣れしておらず話題に乏しい(自分の高校の行事やクラスメイトのくっついた離れた等ばかり)今カノとの盛り上がらないデート」 が描かれていて、 チャプター4の「ラモーナとのファンタスティックなひと時」とはっきり対比されてる。


「カップル文化の国」でカノジョいない期間が1年以上になりそうな頃に、グルーピー未満みたいな子にチヤホヤされたのを渡りに船と「おつきあい」を始めた。

が、別に『恋』をしている訳ではない。そんな処に『運命の出会い』をしてしまった。

気は重いけど、友人達からも「二股はマズイ」「ちゃんと別れてからにしろ」と忠告されて彼女にサヨナラを言った。
でも世慣れていない10代の少女はなかなか納得できない。

…という展開。現実にはよくある話で別に飲み込みづらい展開でもあるまい。

トレインスポッティング

それと、大前提として、そもそものはじめから「スコットはロクデナシのダメ男」として描かれている。

最初の方で映画トレインスポッティングについて言及されているので分かる通り、ようするに本質的には「そういう話」だ。

リアリズム一辺倒で描いたら相当キツいキャラクターや人間関係を、ポップな絵柄とゲーム調のファンタスティックな演出でスピード感のある明るい娯楽作品に仕上げている。


その場その場が楽しければいい、つきあった女の事も深く理解しようとしない、嫌な現実から逃げ回り、過去の失敗については自分に都合のいいように記憶のすり替えを行う。

そんなダメ男が本気の恋をし、「彼女の7人の元カレとバトルする」という形で彼女の過去や彼女を取り巻く人間関係を受け入れる。その過程で自分自身の過去とも向き合う事になり、ようやく過去から現在、そこから続く未来へと彼女と共に歩む道筋を見出す。

…という、モラトリアム青年の成長を描いた王道なドラマであり、個人の記憶や感情を通して世界が劇的に変容する様をポップな道具立てで描写した現代的なエンタメ。

一体何が「日本人には理解できない」の?そもそも竹熊さん、ちゃんとこの漫画を読んだの???

「北米の読者にウケるmanga」…?

問題の対談記事を読む限り、少なくとも日本語版2巻までは目を通した上で話しているようだが、内容についてはきちんと理解していない?

やたらスコットの事を「オタク」と呼んでいるが、こっちでいう「オタク」と向こうの「ギーク」「otaku」はニュアンスが違うからオマリーとの会話がかみ合っていないような。
(スコットは「バンドギーク」のX-Menマニアでゲーム好きだけど、「otaku」じゃないしアニメファンでもない)


対談記事の方はともかくとして、「北米の漫画市場」だの「日本漫画との感覚の違い」だのを語る為に引き合いに出しておきながら、基本設定すら理解していないのは流石にヒドイんじゃない?

個人的に趣味に合わない内容だったとしても、「アメリカのハイスクールを舞台にした青春ドラマの脚本家を雇って「学園物」の原作を作り、それを日本の漫画家に日本式で漫画を描かせるべき」なんて「提言」を本気でするなら、北米市場で単巻初刷り10万部即完売・即時増刷決定した『スコット・ピルグリム』は「市場研究」の為にきっちり読み込んで分析するべきでしょ。
なのに思い込みだけで間違った作品紹介をして「わかってる」つもりになるって、どんだけ怠惰なのよ…


ちなみに、北米の出版社自ら「北米の読者にウケるmanga」を作ろうとして、作家性よりも市場戦略で作り上げた作品は既にありますよ。
Princess Ai―プリンセス・アイ物語』 『X-men: Misfits』 『Wolverine: Prodigal Sonの三作。軒並みコケましたけどね!

付記)竹熊さんが「作家や作品に対して極めて不誠実な姿勢の持ち主」でないとしたら、スコピルが「横書きマンガ」だったせいで「読みこなせなかった」のでは。そんな人が「横書きマンガ推進」の旗を振るというのもどうなんだという…