蜘蛛之巣城

『Tokyo Demons ~東京悪魔~』と「キャラクター小説」

そんな訳で、学園異能もの海外ラノベ『Tokyo Demons ~東京悪魔~』の内容紹介。

舞台は現代の日本、東京某所にある福橋高等学校という寮制の学校。

この高校は福祉プログラムの対象校で、生徒の2割が何らかの形で実の両親を失った児童で構成されている(…この時点で色々と怪しいのですが)。

設備は整っているが風紀は乱れていて、男子生徒のかなりの部分がストリートギャングチームの下部構成員で、校内でクスリの取引が横行していたりする。


そんな学校に新たに入学してきたのが本作の主人公二人。
女主人公の渡辺綾瀬と男主人公の小田丈。

アヤセはキリスト教系の孤児院出身。ジョーは幼い頃から施設と養家を転々として育っている。

アヤセの方は自分の身体を無数の虫に変えられる異能の持ち主であり、自分の異常性を悟られずに3年間の寮生活をやりすごそうとしている。
ジョーは生い立ちのせいで相当手癖が悪いのだが、こちらも余計なトラブルは起こさずに3年間を上手く乗り切ろうと思っている。

余り他人とは関わらず、平穏に目立たず学校生活を送ろうとしていた二人が事件に巻き込まれるきっかけを作るのが、もう一人のメインキャラ石田倖。

アヤセやジョーの視点からは「気弱そうで冴えないくせに、何故か異常に世話焼きの面倒な同級生」でしかないのだが、俯瞰した位置から見ている読者には段々と「このサチくんのおせっかい焼きは強迫観念レベル。なにか裏があるのでは…?」と思えてくる。


導入部はアヤセの異能とジョーの危なっかしい学校生活、サチの異常な親切行動に隠された謎の三つが「フック」になっています。

…ただ、サチくんの背景事情が開示された辺りで、私はこの「主人公チーム」に対する興味を急速に失っていったのですが。


この小説を読んで強く思った事。それは「『描写の甘さと思わせて、実は伏線でした~』というのを連載形式の作品でやっちゃダメ、ゼッタイ!」

Tokyo Demonsシリーズを読んでみようかな、という気を起こした人の為にあえてネタバラシをしておきます。

「作中の異能者たちは古代上位種族の末裔であり、通常のホモサピエンスとは違ったフェロモンを発している」
…この大前提が頭にないと、第1巻部分での主人公たちの行動が唐突過ぎて感情移入ができないんですよ。困った事に。


自分の安全が最優先で実利の無い行動は極力さけて通る人間、として紹介されたはずのジョーが、出会ったばかりで顕著な「友情イベント」もないキャラの為に危険を冒したりする行動が納得いかず、読んでるこっちは
「結構な分量で内面描写をされてるけど、こいつの行動原理がサッパリわからん。人間心理の複雑さを描いているつもりなのかも知れないが、実際はキャラがぶれまくっているようにしか見えない。これは作者に技量がなくて話の都合でキャラを動かしてるせいなのか?」
と不信感を抱いてしまう。

アヤセはアヤセで、異様な能力持ちのせいで他者と親しい関係を結ぼうとしない少女として描写されてきたのに、話の後半で男キャラ二人に対していきなりサカりだし、この時点で既に作者の描写力に対する不信感が高まっていた私は「こんな説得力のない恋愛イベントを唐突に導入されても…」とひたすら困惑。

同族フェロモンの存在が明かされるのは連載開始から約1年半後の第2巻半ばChapter 3であり、そこでようやくジョーの「らしからぬ行動」もアヤセの唐突な発情も、多分にフェロモンが影響しているのであろうな、と腑に落ちるのですが。


こういう仕掛けによって得られる小説の快感というのは確かにあります。しかし、そのリターンに比して犠牲にするものが余りにも多すぎる。

「キャラクターに対する感情移入」「作家の技量に対する信頼感」をドブに捨てて釣り合うようなもんじゃないですよ。

どうしてもやりたいなら、連載期間2ヶ月以内で伏線を回収し、単行本にまとめる際には巻をまたがないような構成にしないと、結構な数の読者が作品を「見切って」脱落します。


実際、私は第1巻の後半にさしかかったあたりでは完全に傍観者と化して二人の主人公とその仲間たちの心情を理解する努力を放棄し、彼らの登場パートはほとんど惰性で目を通すという状態になっていました。
こりゃ、完全に構成ミスですわ。


さて。前回私は「『キャラクター小説』としては確実に成功している」と書きました。
主役級のキャラクターに対する思い入れを失い、本筋については完全にダレた態度で連載を追っていた私が、何をもって「キャラクター小説として成功」と評価したのか。

…いるんです。本筋と関係ないところに、強烈な萌えキャラが。

第1巻収録分の連載終盤に、第2巻分制作費用のファンディングがKickstarterで行われたのですが、そのストレッチゴール報酬として投資者による人気投票で決定されたキャラをフィーチャーした「キャラクターCD」の制作が掲げられました。

投票の結果選ばれたのは、サブキャラの森川幹。

作者のリアン・センターさんは「This genuinely shocked me(この結果には本気で驚いた)」とコメントしていましたが、いや、驚くにはあたらないと思いますよ。

だって、全登場人物の中でミキくんが一番キャラが立ってるんだもん。

本筋に対する興味をほとんど失っているにもかかわらず、サブキャラであるミキくんと彼をとりまく人間模様に対する興味だけをモチベーションにして連載を読み続けてきましたから、私。


一所懸命構成バランスを考えながら執筆している作者にしてみたら、「お願いだからちゃんと読んで!」と悲鳴をあげたくなるでしょうし、旧来の「まとも」な小説や映画の基準からしたら「本筋には一切興味はないが、脇キャラの動向だけは注視している」なんて感想はディスられているようなもんでしょう。

しかし「キャラクターもの」としてみた場合、「そのキャラだけを目当てに連載を追いかけるような読者」を獲得できる個性を生み出せたならば、それは作者側の勝利といってよいはずなんです。

次回は「森川ミキくんと愉快な仲間たち」を紹介しつつ、「キャラ立て」というものについて考えてみたいと思います。