蜘蛛之巣城

OEL-manga 2013

さてさて。7月更新分で12号を迎えて正念場である2年目に突入したSparkler Monthly誌。

創刊1周年を機に、初年度掲載の中短編漫画作品3本をレビューしてみませう。

The Ring of Saturn (by KAIJU)

The Ring of Saturn
The Ring of Saturn
by KAIJU

まずは11号~13号に掲載されたThe Ring of Saturn
作者はケイト・ロードスさんとジェニファー・スーさんという女性二人組の創作ユニット「KAIJU」…老婆心ながら、ペンネームはもうちょっと考えてつけた方がいいと思うぞっ。

舞台は1915年の英国セント・ポール女学校。
主人公は当時音楽講師を務めていたグスターヴ・ホルストから組曲『惑星』の1パートである『土星、老いをもたらす者』のピアノソロ・バージョンを直々に指導されている女学生。
彼女は技術的には申し分ないのだが、『土星』という曲の解釈に迷っている。

溌剌とした彼女は『木星、快楽をもたらす者』に感銘を受けており、なぜホルストが木星よりも土星を気に入っているのかがわからない。

I suppose for me it’s not so much a vision as it is a feeling. When I play “Jupiter”...
(私にとっては幻視というより、知覚のように思えるんです。『木星』を弾いている時は…)

...It’s like the world is moving forward...with purpose.
(…世界が前進しているように感じるんです…はっきりとした目的をもって)

As if there is some greater meaning behind every action.
(あらゆる活動の裏側には、何かもっと大きな意味が秘められているかのようで)

時代は第一次大戦の真っ只中。主人公の尊敬する上級生は音楽の道を外れて従軍看護婦としてフランス戦線に向かう。
…塹壕戦の凄惨な状況がまだ英国内の一般市民には伝わっていない時期なので、先輩も誇らしげに戦地に向かい、送り出す方も彼女の英雄的な行動を心から賞賛する。

先輩はこの世界大戦という状況の中で己にできる精一杯の事をしている。自分は毎日ピアノばかり弾いていていいのだろうか?自分なりに何か世の役に立つ事はできないだろうか。『木星』を弾く方が意義があるのでは?


だが彼女の許に先輩の無残な死の報が届き…

When I play “Jupiter” all I can hear is “I vow to thee my country,”and I wonder why...?
(『木星』を演奏していても、私の耳には『祖国よ、我れ汝に誓ふ』にしか聞こえない。なぜ…?)

What are we fighting for? A country full of ghosts?
(私たちは何のために戦っているの?幽霊でいっぱいの国のため?)

ホルストの『木星』中間部のメロディは後にイギリスの外交官セシル・スプリング=ライスの詩と組み合わされてI vow to thee my country という愛国歌、英国国教会の賛美歌となり、英国民に長く親しまれています。

スプリング=ライス卿は、当時モンロー主義を堅持して中立を保っていた合衆国に対独参戦を促すべくウィルソン大統領の説得にあたった人物。1918年に亡くなる少し前に、英国史上未曾有の戦死者を出した西部戦線の英霊を弔うべく、過去にUrbs Deiと題して書いた宗教詩に手を加え題名も変えて発表。それが『I vow to thee my country(祖国よ、我れ汝に誓ふ)』

1番の歌詞だけを見ると祖国に迷いなく全てを捧げる愛国心を称えた内容の苛烈さにギョッとしますが、至誠こそが護りである天上の平穏を描いている2番を含めた歌詞全体が意図するものはあくまで「鎮魂」です。

(実際にこの歌が完成したのは第一次大戦終結後の1921年なので歴史考証的には間違っているのですが)


I vow to thee my countryは英国では戦没者追悼記念日の式典で歌われるのが慣わし。
日本じゃ10年ほど前にどっかの新人歌手がJ-POPジェネレーターで適当にデッチあげたような安い歌詞をつけてヒットさせましたけど。

かつては卑小な人の営みを超えた世界の神秘へと導いてくれた『木星』が鎮魂歌にしか聞こえなくなってしまった代わりに、彼女は『土星』という曲を理解し始める…。


世の残酷さを知らずにいたが故の理想家で生真面目な少女の成長譚であり、若き芸術家が苦しみの中から何事かを掴み取る物語。
そして同時に、組曲『惑星』の中で『土星』を最も愛し、オーケストラバージョンの終末部に鐘の音を加えたグスターヴ・ホルストの物語でもある。


Sparkler Monthly誌初年度が送り出した最良の作品でしょう。
荒削りな部分はありますが、言葉に頼らず絵と演出のみで主人公の「覚醒」をダイナミックに描いた終盤などは見事。
叙情と叙事を同時に表現し、読者の感情を激しく揺さぶる「少女マンガ」ならではの醍醐味があります。

難点は、時代背景や『惑星』に関する予備知識のない読者には物語の意味が分からないであろう不親切さ。イギリス人ならともかく、同じ英語圏でもアメリカやカナダの若い読者が読んで一発で理解できるのか…?
こういう時、「カコミで時代背景説明のナレーションを入れた方がいいんじゃない?」等の提案をするのが編集者の役目では。

本作はこれだけで完結した物語ではなくシリーズ化の予定があるそうで、今後が楽しみ。

Before You Go (by Denise Schroeder)

Before You Go
Before You Go
by Denise Schroeder

第8号掲載の読みきり「百合漫画」、Before You Go
作者はデニス・シュローダーさん。

毎朝の通勤電車で一緒になったのがきっかけで、するすると恋に落ちてゆく若い女性二人を描いた小品。
ほとんどが電車内という限られた舞台で進行する話。

電車の横座席という狭い空間を「二人だけの世界」とし、その外に広がる「世間」と対比させる構成は短編として中々巧い。
実在感・生活感のある人物造詣も現代恋愛ものとして良いと思う。


非常に惜しいな~という点は、せっかく若い女性二人の恋物語なのに、絵的な華やかさに欠けるところ。

絵柄というより、描線の方に問題があるような。経済的に格差のある二人なのに、服やバッグの材質や仕立てに差がないように見える。

貧乏な劇団員の短髪の方はともかく、キャリアウーマンの黒髪の方が毎回同じ服なのは時間経過を表現する上でもマズイでしょう。せめてスカーフやアクセサリーで変化をつけてほしい。
ストレートのセミロングという髪型も、この絵柄だと「単なる伸ばしっぱなし」に見えて年齢や経済状態相応のおしゃれ感がないし。キャラクター描写の点からもよろしくない。

現代が舞台の女性向けエンタメで、ファッション性は重要よ。

Dinner Ditz (by Alexis Cooke)

Dinner Ditz
Dinner Ditz
by Alexis Cooke

9、10号掲載のホームコメディDinner Ditz
作者はアレクシス・クックさん。

女性と結婚して子供まで設けたものの、後から自分が同性愛者である事を自覚して円満離婚。元妻とは関係良好。…という男性が主人公の「クィア」感覚な今風のホームドラマ。

一作目の段階ではちょっと構成が散漫な感じだが、シリーズ連載としてキャラクターや世界観に厚みをましていけば面白くなるかも。


アレクシス・クックさんはこっちでいうヤングレディス系の絵柄で非常にファッション性の高い絵作りのできる人。
私の世代的には80年代初めの「ニューウェイブ系」とか往年の倉多江美を連想させられますが。

以前から描いているウェブコミックは、画面はハイセンスだけれど、内容は若い女性のニューロティックな内面とか、社会に対する憤りとか、だらしない恋人とのグダグダな関係とか…正直、共感はするし表現力や美的センスに関心もするけど、エンタメとして読んで楽しいものではない。

不安や怒り、他者との相互不理解による苛立ちの感情は対象から少し距離を置いて見ると「笑い」に転化できるものなので、商業誌作品としてキャラクター主導型の日常コメディを描くのは「正解」だろう。
この人の描く女性の絵が好きなので主人公がゲイカップルなのはちょっと残念だが、男性主人公の方が客観的に描けて良いのかもしれない。

なんにせよ、現代的おしゃれ感のあるポップな絵が描ける人材は、この雑誌では貴重。