蜘蛛之巣城

電子書籍で『愛と誠

愛と誠 愛蔵版10巻 <新装版>愛と誠(10)

ながやす巧先生、画業50周年おめでとうございます。

前回のイベントの際には『愛と誠』関連の展示や出版物がなく、なにか裏事情があるんだろうな~とモヤモヤしていましたが、どうやら諸事情解決したらしく、年末の原画展では愛誠の展示もある模様。今後はイラスト集等も期待できるのでしょうか?!

「雪解け(?)」の先触れ的に、今年の6月、7月にebookjapanから『愛と誠(全16巻)』と『新装版 愛と誠』(全10巻)』が相次いで配信開始。

丁度ポイントセール中という事もあり、両バージョン購入してみました。

付記) 7月に配信開始された新装版の方は8月に入って一時的に販売停止後、表紙差替で今冬に再公開。せっかくなので差換前の表紙サムネイルをUPします。

初期バージョンに使用されていたイラストはKCスペシャル版と同じもの、再公開版では文庫版の口絵と同じもののようです)。

尚、電子書籍版『愛と誠』のみならず、松山善三先生原作の諸作品、『Dr.クマひげ』『沙流羅』も「出版社」欄が空白になっており、ながやす先生作画作品の電子書籍は連載時の出版社が介在しない作家による直接出版扱いと思われます。

権利が作家持ちという事は、連載時カラー復刻版等電子書籍による色々な試み(後述)も期待できそうですね。


以下は電子書籍版両バージョンの比較レポですが…簡潔に言うと、新装版は現在入手可能な文庫版と同内容(あとがき、解説はナシ)。
16巻バージョンは旧KC版と同内容です。

文庫版やコンビニコミック版は昨今の時流に逆らえず差別用語等が大幅に改変され、また、絵についても一部スクリーントーンの貼りなおしや表情の修正等が施されています。

下記は具体的な比較。

電子書籍版『愛と誠』2バージョンの比較(テキスト修正)

新装版では「キチガイ」「白痴」などの分かりやすい差別用語は軒並み削られており、特に蔵王権太関連のセリフは相当改変されている。
それ以外にも身分差や職業差別について「ちょっと過敏過ぎるのでは…?」という改定が頻出。

例えば、喫茶店のウェイトレスが愛に悪感情を向ける場面。
16巻バージョンでは

「むこうは白鳥 こっちはアヒルという
生まれついての差を見くだされるよか」

が、改訂版では

「むこうは白鳥 こっちはアヒルという
差を見くだされるよか」



あるいは

「早乙女家の娘ともあろう身が
あの不潔な喫茶店のような場所で給仕をやるとは・・・・」

「早乙女家の娘ともあろう身が
喫茶店でアルバイトをやるとは・・・・」

になっていたり。


あと、言い換えが雑過ぎて謎会話になっている場面もあったり。
旧版

「キチガイメスどもが やらかす あくどいリンチをかわってしょいこめば
いやな借金に利息をつけてサッパリする・・・・
ただ それだけの理由よ!」

「キチガイメスたあなんだ!」

が、

「スケバンどもが やらかす あくどいリンチをかわってしょいこめば
いやな借金に利息をつけてサッパリする・・・・
ただ それだけの理由よ!」

「スケバンたあなんだ!」

になってて、いやいや君達、自分で「花園スケバングループ」って名乗ってるのにスケバン呼ばわりされて怒るってどうなんですかとw

梶原ファンとしては、初出時に近いセリフのバージョンが手に入りやすくなるのはうれしい事です。大手出版社の管理を外れた事で表現の自由度が増してオリジナルに近い復刻がされたのは大歓迎。

電子書籍版『愛と誠』2バージョンの比較(作画修正)

愛と誠 愛蔵版5巻 <新装版>愛と誠(5)

絵についても、この頃のながやす先生は見開きで横長のタチキリ絵を使ってパノラマ的な迫力を出す手法を多用していたのですが、それが大きくフラットな画面で見られるというのには、新たな感動があります。

ただ残念なのは、見開き絵の中央部の揃え方が雑。これは旧版も新装版も雑。特に新装版は中央部の絵が二重になっている事が時々あったり。

尚、新装版は文庫版のデータを元にしているのか、タチキリ絵が何%かカットされています。横はまだいいのですが、縦のカットは結構大きく、アクションシーン等では画面の印象が違って見えます。

やはり原稿から直接スキャンした完全版を制作してほしい…。


絵の修正についてですが、KC最終巻にあたる部分でかなり目立ちます。
登場人物の口元の修正、目玉の大きさの修正で表情が変わり、場面の印象が違っている。

  • 踏切の場面、「・・・・とめやしねえ だれも!し・・・・死にな!!」の誠の黒目を大きく修正。
  • 蔵王与平の葬儀、「男だったぜ・・・・」の誠の表情を笑顔に修正。
  • 誘拐犯から解放された母をなじる愛に驚く誠の口元を修正。
  • 愛が母をなじった後の浜辺の場面では愛、誠ともに表情の修正複数。
  • ラスト前、逗子の浜辺にやってきた誠に気づいた愛の表情が、旧版は不安と驚き、新装版は喜びに修正。

年月を経た結果、連載時とはながやす先生のキャラクター解釈(特に誠)、場面解釈が変化しているんでしょうね。

愛と誠―梶原一騎直筆原稿集』より170話後半

表情の変更は全般的には悪くはないと思いますが、愛が母をなじった後の浜辺の場面、特に誠を見送る愛の表情についてはちょっと納得しかねます。

ついでですので、愛と誠―梶原一騎直筆原稿集から、170話後半の場面を引用します。

 「まかしときな、ふてくされ娘のほうは」
 誠がいい、これも追ってとびだす。

 薄暗い廊下、その壁の例のゴルゴダの丘に死すキリストの泰西名画の下を――
 愛がかけぬけ、つづいて誠が。
 さらに岩清水と由紀が走ってきたが、かけぬけぎわ、なぜか――チラ!
 頭上の絵の額を、ふりあおぐ岩清水。
 断末魔に苦悶しつつ、一条の光明みつめるごとく、みひらかれたキリストの瞳孔。
 その四肢を染める鮮血・・・・・・・・

 バタン!!追いすがった誠の眼前で、愛が乗りこんだタクシーのドアがしまる。
 タクシーが早乙女邸の門前をスタートしたとき、岩清水と由紀も走り出てくる。
 降るような満天の星・・・・・・・・
「どちらへ?」
 車中での運転手の問いに、ぽつりと愛。
「海の見える場所へ・・・・・・・・」
 悪寒におそわれるように身をすぼめて。

テンポを優先して漫画ではカットされましたが、ここでも「受難と自己犠牲」の象徴としてキリスト磔刑の絵が出てきます(「泰西」は「西洋の」という意味)。
いずれ、愛誠原作に登場する宗教画像の描写を集めて分析してみたい。

 夜の海――
 ザザザザザッ!!
 波打ち際に寄せては返す黒い波濤。
 ここにも星が降るごとし・・・・・・・・
 愛は浜辺の砂丘に身を投げ、ぼんやり、暗い沖合を眺めている。
 もう涙は乾いて・・・・・・・・
 まばたきもしない美貌は、青白い月あかりに、ふと、月下の浜辺に想う人魚を想わせる。

 突然――ドドドドドッ!!
 背後に、まきおこった爆音!
 ゆっくり、ものうげに、首めぐらせる愛。
 一台のオートバイにまたがった人影(シルエット)が、派手に浜辺を旋回しつつ近づいてくる!
 ナナハンまたいだ誠が、ヘルメットの下で白い歯のぞかせて無言で笑いかける。
 愛も、だまって、ふりあおぎ見返す。
 誠はヘルメットをぬいで――ポイ!
 ほうって、愛の横に腰をおろす。
 愛は、ふたたび暗い沖合を見やり、おなじ方角を誠も、みつめて・・・・・・・・
 ザザザザザッ!!しばし、波の音のみ。

「おれのバイトっていやクルマの修理が、いちばん割がいい。
 おやじさんが黒い高官名の公表を決断しなさった日から、いま住みこんでる修理屋であずかってるナナハンを、おれなりのパトカーとして早乙女邸の近くにふせといた」
 と、やがて誠がいい、
「とんだ、おつかれさんだが・・・・・・・・
 そちらも、おつかれさんだったな、なかなかの名演技で」
 暗い沖合から、かえりみる愛に、
「あのさい、ああするしかなかったろうな。
 だれかが悪役、おにくまれ役にまわって熱演せにゃ、もともとは、どう見たってバッチリおふくろさんが悪役よ・・・・・・・・
 おやじさんのうらみ、つらみが、まともに集中して、へたすりゃ夫婦は永久に決裂だ」
 と、沖合を見やる誠の横顔が、
「ところが人間の心理って、へんてこよ。
 そこに第二の悪役が出現して、こてんぱんに第一の悪役をやっつけると・・・・・・・・
 つい、やっつけられるほうに肩入れしたくなる、とりわけ身内では・・・・・・・・な!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 と、無言で誠の横顔みつめる愛は
「で、第二の悪役は、まんまと成功した。
 なんたる娘と想わせる熱演で、おやじさんに本来の悪役を同情させることに・・・・・・・・
 おお、身代わり悪役は悲しからずや」
 さらに誠がつづけたとき、はじめて、
「たいした心理学者だこと・・・・・・・・」
「おれだからわかるのさ、手にとるように。
 早乙女愛に対して、ずっと悪役を演じてつづけてきた悲しい三文ピエロだからこそ・・・・・・・・な」
 と、あいかわらず横顔を見せたまま、誠がいったとたん――ザッバーン!!
 やや、のけぞった愛の衝撃そのままに、ひときわ大きな黒い波濤が波打際に近い岩にくだけ、白く散った!


”それは、はじめて太賀誠がしめした・・・・・・・・
 愛の表明といえた!!
 いままでの徹底的な拒否が演技としての「悪役」であった、と早乙女愛に対し、みとめたことによって!”


「誠さん!」さけび、ならべた肩と肩をぶつけるようにした愛から、しかし――スッ!
 はずして誠は立ちあがり、
「ちょいと、いそぎの用事がある」
 ヘルメットをかぶり、
「おたがい、ささやかな悪役とちがって、おやじさんのどえらい悪名ばかりは、こりゃ全国的スケールだからな。
 あれだけ誘拐だ、人質だと脅迫されると、家族かわいさ、ふたたび高官名を公表って決断もつくまいし・・・・・・・・」
 オートバイにまたがり、
「ま・・・・・・・・まって!!」
 追いすがる愛の泳ぐ両手の先から、
「とにかく、なるべく、はやく帰んなよ」
 いいのこし走りさる――バルルルン!!
 砂丘をバウンド、とびこえて!

 満天の星と、波濤を背に、しばし・・・・・・・・
 みちたりた幸福の色が愛の面上にあった。
 ハッ!!突如、それを逼迫させたのは、
(も、もしや、彼のいそぎの用事とは・・・・・・・・
 おかあさまが返されてきたのを、つれもどったのは彼、そのさい相手のクルマの特徴、ナンバー、乗員など、なにかをつかんだのでは!?)
 と、その推理の影響!
(そ・・・・・・・・そして、おとうさまの汚名をそそいでくれるため・・・・・・・・
 敵中へ・・・・危地へ!?)
 星空が、ぐるぐる、まわりだした・・・・・・・・

 (つづく)


「ヘルメットの下で白い歯のぞかせて無言で笑いかける。」
「みちたりた幸福の色が愛の面上にあった。  ハッ!!突如、それを逼迫させたのは、」

の場面は旧KC版では原作通りですが、新装版では誠の口元を消して表情を分からなくし、誠を見送る愛は不安げな固い表情になっています。

誠はともかく、愛については初めての誠からの愛情表現があって気持ちの緩んだ所で更なる不幸の予感が…という展開からすると、ちと納得できかねます。

ながやす先生としては、ドラマ全体の流れとして「愛の成就の予感」による幸福な表情を、ラスト直前の刺された誠が愛の許に帰ってくる場面に集中させたかったのでしょうか。うーむ。

『愛と誠―梶原一騎直筆原稿集』より最終話

同じく、最終話(175話)のラストシーン。

「どうなさったの、早乙女さん?」
 さっきから・・・・・・・・
 愛は見ていた・・・・・・・・みつめつづけていた!
 はてしなく、つづく海岸線の波打際。
 その波打際ぞい、はるか彼方から近づきつつある、ちっぽけな人影・・・・・・・・
 近づく・・・・・・・・近づく・・・・・・・・だんだん近づく!
 愛の双眸も、だんだん、その憂いの面上に、あたかも灯がともったように・・・・・・・・
 喜悦の色が光り輝やく!
 サッ!!愛は立ちあがった!
 あっけにとられ、ふりあおぐ他の三人・・・・・・・・
 愛は走った!
 黒髪を潮風にひるがえし、走る、走る。
 歓喜に輝く表情で愛は走る!

 ザザザザザッ!!波打際に足を洗われながら、むこうから誠がやってくる!
 おなじく波打際を、しぶきを蹴立てながら、まっこうから愛が走る!

 その歓喜の愛は気づくすべもない・・・・・・・・
 ボタ・・・・・・・・ボタ・・・・・・・・ボタ・・・・・・・・その誠の背後に、とめどなく、したたりつづける血潮!
 が、すぐ寄せては返す波が、それを洗ってしまうから・・・・・・・・
 波・・・・・・・・血潮・・・・・・・・赤い波紋・・・・・・・・すぐ透明・・・・・・・・
 そして、蒼白のはずの誠の面上に、黄金(きん)色の夕映えが映えている。
 ニコ・・・・・・・・その黄金色の顔が微笑した。
「ぶじだったのね、誠さん!
元気だったのね?!」
 さけび、かけつけた愛に、
「元気だとも・・・・・・・・」
 誠はいい、
「ホラ、顔色、わるかねえだろ?」
「夕日で・・・・・・・・
黄金(きん)色に輝いているわ!」

 愛はいい、そのまま――ヒシッ!!
 かけつけた勢いをぶつけて、誠に抱きついた、抱きしめた!
 が、その愛の両腕は、誠の両わき下から背中を抱きこんでいるから、やはり、その背中の右腰からの大出血には気づかぬ・・・・・・・・
 ゆっくり誠の両腕もあがり、すがる愛を抱きかえした。
 一瞬、みつめあう目と目・・・・・・・・
 そして、静かに、やさしく、まず誠は愛の髪に頬ずりした。
 それの下から、やにわに烈しく――
 愛が唇をもとめた!
 くちづけ・・・・・・・・いまこそ重ねあう唇と唇!
 たがいに目をとじ、たがいの唇をむさぼりあう、なまなましい二つの唇のよじれ・・・・・・・・
 誠の背後で、とめどなくしたたりつづける出血が、つかのま波を一点だけ赤く染め、すぐまた透明となるくり返し・・・・・・・・

「よかった・・・・・・・・」
 と、こちらの砂丘の上で由紀がつぶやき、それから、うなだれている岩清水に気づいて、とまどった目の色になり、
「で・・・・・・・・でも・・・・・・・・
岩清水くん、つらいのね」
「つ、つらいが・・・・・・・・
負けおしみでなく、ぼくの青春にとって有意義な愛だったさ」
 岩清水はいい、きっと顔をあげ、
「早乙女くんに感謝しながら・・・・・・・・
 いさぎよく、ふたりを祝福するよ」
「ウヘヘヘヘッ・・・・・・・・
これ、ワイと由紀はんとおなじハッピー・エンドいいますねん」
 と、とろけそうに権太が目じりをさげて。

砂土谷の取調べ場面を挟んで、

”ふたたび――
逗子海岸”

 熱烈なくちづけから、ふと、いったん唇をはなした誠が、
「一度・・・・・・・・
こうしたかった・・・・・・・・」
 と、いった。
「一度?
これからは永久に、はなれないのに!」
 さけぶ愛の腕の中で・・・・・・・・ガク!
 誠が波打際に両ヒザを折った。
 それへと、おっかぶさるように愛も、ひざまずいて、ただ夢中で、
「わたし、夢のように幸福・・・・・・・・
幸福よ!」
 ふたたび唇を吸った、むさぼった!

(こ・・・・・・・・これから、はじまるのだわ!
ようやく、わたしと彼の未来が・・・・・・・・
す、すばらしい、あしたが!!)

 歓喜の愛、その無限の抱擁!
 しかし、はるか水平線に落日は没した。
 急速に、夕闇が、たれこめゆく中に・・・・・・・・
 波打際に、ちいさく、ふたりの抱擁の姿。ちいさく・・・・・・・・

(おわり)

なんたるパッション。なんたるテンション。


でですね、ebookjapanでは独自企画のマニアックな電子復刻本を色々と制作しているのですよ。

連載時カラーページ復刻版、扉絵とアオリ文完全収録版等。
梶原作品でもやって欲しいなぁ…各漫画ページからクリック一発で梶原先生の原作原稿を参照できたら最高。直筆原稿集はデカいわ重いわ読みにくいわで…(泣)

あと、当然の事ながら番外編の絵物語蓼科慕情もカラー収録で。さらっとした小品なんだけど、梶原先生とながやす先生お二人の叙情性が遺憾なく発揮されてて良いのですわ。

愛誠以外でも、単行本収録がハンパで終わってしまった作品の電子版での復刻があると有難いです。個人的には東浦美津夫先生作画のふりそで剣士をぜひ。

そういえば、私がebookjapanのアカウントとったのは、当時(amazon.jpがまだない頃)古本で探し回っても見つからなかった哀愁荒野の配信がきっかけだったんだよなぁ。