蜘蛛之巣城

Madeleine RoscaのRise From Ashesシリーズ

はじまりの「赤」

Rise From Ashes

伝承である。
この物語には狼も親切な猟師も登場しない。
ただ、赤いフードをまとった少女がひとり。

彼女は祖母の家に急いでいた。彼女はその家に禍々しいものが己を待ち伏せている事を知っていた。
森の中の一軒家を急襲した彼女が見たもの、それは愛する祖母の記憶を喰らう為に取り付いた巨大な「ゴースト」。

それは死したる後、その余りにも強い負の情念に歪められて行くべき次元に至れず「Ashes」と呼ばれる狭間の世界に捕らわれた、ヒトの記憶の累積体。
記憶をエネルギー源とするゴーストは、他者の記憶を喰らう事で現世に留まり干渉する力を得る。彼等にとって老人は格好の餌だった。

少女は祖母を救う為にゴーストと契約を結ぶ。そして彼女は己の記憶の半分をゴーストに与え、分かち合うことで両者は共存する事となった。

「赤」の掟

人として生きた記憶を犠牲にした彼女は、代償として死者の魂をエネルギーとする強大な力を得る。
凶暴化したゴーストに苦しめられる人々を超常の力で救う「赤ずきん」とその従者「ゴーストキング」の名は高まり、やがて権力者たちの耳に届くに至った。

そして国王の座を争う二人の領主が「赤ずきん」を騙し、死者たちを兵士として利用し互いを攻めたのである。

死ぬ事も休む事もなく兵糧も必要としない死者の軍団によって、その国は滅んだ。
そして焦土と化した大地に立ち、「赤ずきん」は深い悔恨と共に誓うのであった。

「決して、生者の戦いの為に死者を利用してはならない…!」


初代赤ずきんは伝承の彼方に去り、後に彼女の技は体系化されて広まった。
ゴーストを契約によって「縛り」現世の物質に定着させて、様々なインフラや労働力として利用する事によって社会は発展した。

そしてゴーストとの仲立ちを行い、時に凶暴化したゴーストを狩る役割を担う者たちは、初代にあやかり赤いフードを制服としてまとい「赤ずきん」と呼ばれる事となる。
だが、かつて初代が残した誓いは、今も尚「『赤』の第一則」として赤ずきんたちの間で絶対不可侵の掟として守られているのだ…。

…という序章からはじまるマドレーヌ・ロスカのフルカラー・オリジナルコミックRise From Ashes

世界観を最大の魅力とするロスカの最新作は、スチームパンクならぬゴーストパンクの英国植民地物語。
時代設定は産業革命期ですが、主要な舞台は植民地オーストラリアです。

植民地オーストラリア

食事も休息もいらず、賃金を払う必要もないゴーストの労働力を利用して未曾有の発展を遂げた大英帝国。
当然の事ながら、ゴーストの労働力は太平洋植民地のオーストラリア開拓にも大いに活用されています。

本作の主人公は英国領オーストラリアで生まれ育った10歳の少女ウィンター・ロビンソン。
幼くして母を亡くし、田舎の農場で育ったウィンターは新聞記者である父が住む街ベアブラスにやってきます。

ベアブラスは人間と共に夥しいゴーストが働く都会であり、父の家でもゴーストの執事とメイドが家事をとりしきり、ウィンターの乳母もゴースト。父は部下としてゴーストの記者たちを駆使してスクープを狙っています。

社会生活のあらゆる場面にゴーストたちが不可欠の労働力として活用される都会生活に不慣れなウィンターは、ある日「契約」で縛られないゴーストと邂逅し、騙されて記憶の一部を奪われてしまいます。
危ういところを「赤ずきん」に助けられたウィンターですが、禁忌に触れてしまった事で「赤ずきん」の組織と深く関わる事に…というのがメインストーリー。

2010年代のハイブリッドコミック

世界観の構築と舞台となる都市の描写で魅せる作風は過去作にも増して緻密になり、メインストーリーの合間合間に挿入される「三十万の魂が生活する大都市ベアブラス」の様々な逸話や歴史秘話が本編以上に面白い。
(植民地開拓の為に生者の移民船と共に幽霊船を新大陸に向かわせたり、開拓時代の英雄のゴーストを「次世代の教育」の為に当人の銅像に憑かせて博物館に住まわせたり)

そしてそれらの描写の背後に見え隠れする、死者の魂を「奴隷」とする事で発展した社会の歪みや、ヒロイックな伝説として語られる初代赤ずきんに隠された秘密の存在…。

作画もオルタナ系コミック調、90年代インディーズアメコミ調、カートゥーン調、manga調と、複数のスタイルを駆使して現世とゴーストの世界、様々な伝承を描いて見ごたえがあります。

キモカワいいデザインのゴースト達のファニーな魅力はいつもながらのロスカの持ち味ですが、本作では「赤ずきん」達に往年のSpawnを思わせるヒーローアクション要素を持たせて非常にキャッチー。
90年代のインディ系ヒーローアメコミとmanga、ピクサーやドリームワークスの3Dアニメ映画を融合させたような非常に現代的な作品です。

現在ロスカはHollow Fields第4巻の執筆中で、RFAの連載は120ページ超の序章が終了した区切りで休止中。
最終的にどれくらいのボリュームになるのかは不明ですが、再開後の本編が楽しみ。

参考外部サイト:Madeleine RoscaのPatreon