蜘蛛之巣城

メキシコの学園少女mangaスタイルwebコミック"Orange Junk"(Heldrad 作)

チリの"Awaken"同様にInkblazers終了のゴタゴタで酷い目に会いつつも商業web雑誌Sparkler Monthlyに拾われて事なきを得た、メキシコの漫画家Heldradによる学園少女manga"Orange Junk"を紹介します。

尚、当サイトでSparkler Monthly関連の作品を取り扱うのは、これが最後になりますので(既に購読会員を辞めてしまったので)、記事後半ではこの雑誌自体の三年間の総括も書いておきます。

初期コンセプトとキャラクター


"Orange Junk" by heldrad (Inkblazers時代のトレーラー)

主人公は18歳の少女ルイーズ・バートン。
大企業の二代目社長の令嬢として何不自由ない生活をしてきたが、父親が事業パートナーにハメられて会社を奪われた上に多額の負債を背負わされ、家屋敷を処分して貧乏生活に。
私立のお嬢様学校からガラの悪い下町の公立校へと転校し、その先で築く新たな人間関係の中で成長していく。

…というコンセプトだけ見て花男や白鳥麗子のような、戯画化されたお金持ちと庶民のギャップコメディのようなノリを思い浮かべると、肩透かしを喰らいます。

何分このヒロインのルイーズちゃん、「ホーッホッホ」型のステレオタイプお嬢様ではなく、かなり堅実な感覚の持ち主。
裕福な環境で余計な苦労を経験せずに育ってきたことが「スレていない」「僻み根性がなく素直」といったプラスの方向に作用しているのです。

加えて「苦労知らずのお嬢様だった頃」は回想科白とイメージシーンに出てくるのみ、物語の始まった時点では相応の苦労を経験し地に足の着いた言動をしているので、「調子こいた金持ちお嬢」的な面影は一切なし。

ただしノンキに育ちすぎたせいで成績は余りよろしくなく、担任から放課後の居残り学習を命じられ、数学の指導役として半ば強制的にコンビを組まされたのが同級生のブルース・ダニエルズ。

ステレオタイプと「人は見かけによらぬもの」

あとがきで作者が書いているように、この作品の初期コンセプトは 「如何にもなステレオタイプデザインのキャラクターが、先入観と大幅にズレた内面や役割で活躍したら面白かろう」というもの。

そもそもヒロインのルイーズも 「ストレートのブラウンヘアを後ろでひっつめた眼鏡っ娘」という「優等生タイプ」の典型的な外見なのに勉強は落第スレスレというキャラ設定(実はビデオゲームのやりすぎで視力が落ちただけ)。
担任教師も一見バイカー風のコワモテですが、気さくで生徒思いの熱血教師。

このギャップパターンが一番激しいのがブルース・ダニエルズという男子生徒。
もて王の宏海くんのような外見と荒々しい言動、街のチンピラにからまれやすく暴力沙汰が日常茶飯事…と、如何にも典型的な不良番長系のようですが、 成績は学年トップ、父親が失踪し母と三人の弟妹だけの家庭を支えて家事とアルバイトに励むよくできた少年だったりします (小さい頃にイジメられっ子だったので親がボクシングを習わせたら、成長期を迎えて必要以上に体格が良くなってしまったという設定)。

お嬢様育ちのルイーズに反発して悪態つきつつも、家庭環境のせいで基本的に面倒見が良く、早い話がツンデレ男子ですな。

そしてルイーズ、ブルースと共に本作のメインキャラトリオの一人である男子生徒ドリュー・グレイ。
外見は典型的な王子様タイプ。美形で穏やか。草食系を通り越して霞を食ってるような美少年であり、周囲からゲイ疑惑をもたれているような子なんですが…

彼らは後々仲良しトリオのような感じになっていくんですが、ルイーズとブルースに奇妙な懐き方(という表現がぴったり)をするドリューくんの立ち位置がちょっと面白い。
ネタバレになるので詳しくは書きませんが、(どちらとも)恋愛が介在しえない、絶対に三角関係にはなりえない立場。

しかしまぁ、この「ギャップ要素」というのは、導入部以外ではあんまり機能しません。だって第一印象はともかく、友人づきあいが始まってしまえば「この人はこういう個性の人」ってだけだし。
第一巻のラストでルイーズ、ブルース、ドリューの基本的な関係性が出来上がったところで、初期コンセプトであるステレオタイプとのギャップが産み出す誤解と行き違いのドラマは一応終了します。

でも別にいいんです。この作品が貴重なのは「雑誌連載漫画」の強みである、「キャラ立てに成功し、血肉が通った登場人物たちが自律的に物語を動かしていくダイナミズム、ライブ感」なのですから。むしろここからが本番。

分載と連載

以前TokyopopのとあるOEL-mangaの作品評内で
「年に一冊刊行される描きおろし単行本 で日本の週刊少年漫画雑誌連載作品の単行本に倣った物語構成・コマ割り・ページ配分の作品を出すのは、媒体とコンテンツのマッチングが悪すぎるんじゃないか」
というような事を書きましたが、
Sparkler Monthly誌の初期連載作品はこれとは真逆で、
「月刊雑誌連載という発表形態を充分に生かしているとは言い難い、単に長編作品を分割して掲載しているだけ」
に見えるという問題がありまして。

現在の日本のメジャー漫画誌で主流となっている作劇法は

最初期段階: 魅力的なキャラを複数出してキャラ間の関係性を構築し、世界をどんどん広げていけるような枠組み(横軸)を用意し、ストーリー上の目的(縦軸)を読者に提示する。
軌道に乗ってから: 全体を通したストーリー展開も大事ではあるが、「連載一回分の中に必ず見せ場となる印象的な場面を入れる」 「短期的な伏線張り→回収を繰り返し、読者の期待が満たされる快感を与え続ける」が必須。

80年代後半以降顕著になった「キャラ偏重」の作劇に食傷して海外のグラフィックノベルを読むようになった私が言うのもなんですが、 「長く続けられる(初期のファンが作品を卒業しても、常に新規の客が入ってくる)」「キャラクターグッズ等でビジネスを広げやすい」 「稼ぎ頭として雑誌を存続させてくれる」のはこういうタイプの作品なわけでして。

"Orange Junk"はそういう「キャラクター駆動型」寄りの作品で、欠点(絵的に魅せるシーンが弱いとか、コマ運びの緩急が弱いとか)は色々あれど、しっかり育てれば大看板に化けるポテンシャルはあると思うんだが編集側はどう考えてるんだか。

Orange Junk
メイン三人の関係性が安定した処で新たに「引っ掻き回し役」として登場するマイルズくん。
基本的に他者を思いやるいい子な主人公トリオとは対照的に
「欲しいものは欲しい」で感情任せに行動するので 上手い具合に物語に波風を立ててくれる。

漫画雑誌のジャンルバランス

私が創刊準備から第三期まで有料会員としてつきあってきた女性ギーク向けweb雑誌Sparkler Monthly誌ですが…思い返して見るに、雑誌としてのバランスには色々と問題がありました。

  • 初年度:個々のクオリティはさておき、大半の作品がダークなサスペンス系で絵面が暗くて地味。
  • 二年目:明るく華のある作品が増えて、日常もの・SF・FT・ヒストリカルとジャンル的にもバラエティが増えた点は良かったが、小粒な作品ばかりで主軸が弱い。
  • 三年目:何故だかLGBTヒストリカルもの&性別転換ファンタジーものの固め打ちになって、ジャンル偏りが酷い。

過激な反リベラル言動が目立つ最近の北米の社会状況を見ると、LGBTフレンドリー路線を強調して打ち出したくなるのは雑誌のそもそもの立ち位置としては理解できるんですけど、 そこにマニアックな歴史ものやらハイファンタジーを掛け算するとニッチ化が進み過ぎちゃうと思うんですよね…。

そういう風に間口が狭まって「一見(いちげん)の客が入りづらい」雑誌になってしまったSparkler Monthlyの中で 「明るい現代学園もの」「LGBTに対する自然な受容が価値観の前提として存在するが、それ自体がテーマではない」「ものすごく直球ド真ん中な少女漫画」なOrange Junkの存在はすっごく貴重。

そして、そういう作品が自社企画のタイトルではなく、外部から引っ張ってきた既存のウェブコミックだった点が非常に残念。っていうか、当初「英語圏の女性向けweb manga & light novels雑誌を創る」ってアナウンスを読んだ時は、当然こういうタイプの作品を「旗艦」として用意するだろうと予測してたんですけどね(早期休止になったクリスティ・リュウスキーのDire Heartsがその役を務めるはずだったのかも知れませんが)。


まぁ、第三期に関しては、「Inkblazers時代に制作した"Witch's Quarry"日本語版翻訳原稿318ページ分がネットの藻屑」のダメージで心穏やかに雑誌を読む事ができなくなっていたので、私の見方が厳しくなっていた可能性もありますが。

頼まれてもいないことに自分の時間と技術を注ぎ込んでしまったのは私自身の判断ミスと承知しているので、気持ちを切り替えて応援を続けていこうと努力したんですが、どうしても心が晴れない感じが続いてしまって。 ネガティブな感情を抱えたまま購読を続けるよりも、ストレス軽減の為にスッパリ縁を切るのが最善という決断に至ったという…。トホホ

ドコカの国。マンガの国。

ところでOrange Junkに関してはInkblazers時代から首をひねっていた疑問がひとつ。

これ、どこの国の話なの?

作者がメキシコの人なのでメキシコの話なのかな…と思ったんですが、主要登場人物名が

  • Louise Barton:名前はキリスト教聖人起源の仏英系、苗字は英系
  • Bruce Daniels:名前はスコットランド/イングランド起源、苗字は英系
  • Drew Grey:名前はキリスト教聖人起源(Andrewの略)、苗字はスコットランド/イングランド系
  • Miles Reagan:名前は英系、苗字はアイルランド系

どう見てもラテン系の国じゃない。その他の判断材料として

  • 通貨記号は「$」。
  • 公立高校には制服がある。
  • 科目ごとに教室を移動する描写は(今の所)ない。
  • 不良同士の喧嘩になっても(今の所)銃は出てこない。
  • 冬はガッツり防寒服を着てる。雪も降り積もる。
  • 街中によく椰子の樹が生えてる。
  • 肌にトーンを張ったキャラクターも出てくるが、比率的には少ない。

北米とも断言できないんだよなぁ…。旧英国植民地の何処か?
と、しばらく頭を悩ませましたが、結局これは「60年代の日本の少女漫画がよく舞台にしたような『ぼんやりした欧米の何処か』」と解釈する事にしました。
自分の生活している現実に密着した舞台設定にすると描けない(描きにくい)物語を展開する為に作者が用意した「マンガ次元」という訳。

ちなみに海外の非商業manga作家がしばしば「日本を舞台にした日本人が主役の作品」を描くのも、ほとんどはリアル日本を描きたい訳ではなく「マンガ次元」で物語を展開させる為なんだろうと思って、基本的にはユルい気持ちで受け止めています。

80年代以降の日本の少女漫画ではやりにくくなった手法ですが、こういう大らかさもエンタメ作品としてプラスに働いてて好感触。

2016-11-01 追記:これぞグローバルmanga!!

…で、その後ツイッターで作者さんに作品の舞台について確認してみたら、予想外の回答がキタ。

"Orange Junk"にはスペイン語版と英語版が存在し、スペイン語版はキャラクター名もラテン系の名前で舞台は漠然とした南米の何処かである。 (そして英語版は「漠然とした北米」という解釈で大体合ってた)

ちなみに英語版とスペイン語版(むしろこっちがオリジナルなんでしょうが)のネーミング。

  • 英 Louise Barton(ルイーズ・バートン):西 María Luisa Bretón Cortés(マリア・ルイーサ・ブレトン・コルテス)
  • 英 Bruce Daniels(ブルース・ダニエルズ):西 Braulio Alfonso(ブラウリオ・アルフォンソ)
  • 英 Drew Grey(ドリュー・グレイ):西 Darío Castillo(ダリオ・カスティロ)


じ…人種国籍が融通無碍ッ!


未だ海外に「anime otaku」という層が存在せず、日本製漫画の翻訳出版もされていなかった頃、日本製のアニメを海外放映する際には 「(日本製である事を伏せた上で)日本が舞台の作品であっても、放映される現地を舞台に設定変更」されるケースがほとんどでした。

登場人物も放映国の人間に変更され、当然ながら名前も変更、日本人どころかモンゴロイドですらない人種にされたんですが、これは 「キャラクターの人種的特徴が反映されないデフォルメをされたmangaスタイルの絵柄」だからこそ可能になった荒業。
あくまで現地の都合によるものであり、基本的に日本側の意図ではない。

しかし"Orange Junk"はむしろ作者自らが積極的に「manga系アートの無国籍性」を利用して背景設定やキャラクターの民族・文化背景をボンヤリさせ、ローカライズし易いようにしている。
異世界ファンタジーものではなく、現実ベースの「slice of life(日常もの)」ジャンルでこういう手法が成立するとは。なんというクレバー&スマートな割り切り方。盲点だったわ。

屋内で靴履きの生活様式だから日本を舞台に変更するのは流石に苦しいけど、中国や韓国が舞台の話として売るのは余裕で可能でしょう。

何年か前に竹熊健太郎が「グローバルな漫画制作の為にセリフを横書きにしろ」とか言い募って炎上してましたが、 海外mangaの現場では聡明な作家が遥かに振り切った事をやってるんだなぁ。


Sparkler Monthly誌とは縁を切ったけど、(物語とビジネス展開両方の)先行きが気になるのでOrange Junkだけは今後も電書単行本の購入を続けようと思いましたよ。


余談:
時々海外のメディアで
「animeは海外でのビジネスを考慮して意図的に無国籍なアートスタイルにしている」 とか 「目の大きい金髪のキャラが出てくるのは白人崇拝の反映」
などと見当違いな事を書かれたりしますが、

実際は
「日本国内での放映・キャラクタービジネスがメインで海外放映はオマケ」 「目が大きいのは表情が付けやすいから。金髪じゃなくて、原作漫画の白黒画面での描き分け都合上の『白ヌキ頭』から転じた『黒以外の明るい髪色(黄色どころか青や緑の髪色のキャラが普通に登場するし)』」
なんですがねぇぇ。

ちなみに私、海外オタの書く日本漫画のファンフィクション内で『白ヌキ頭のキャラ』を描写する際に "blonde said ~"とかいう表現が出てくる度に 「いや、あれブロンドじゃなくて白ヌキ頭だから!」「百歩譲っても茶髪だから!」とすっっっげーモヤモヤしてます…。