翻訳道楽

Turbulent Tales 悪業物語

ラファエル・サバチニの『Turbulent Tales 悪業物語(1946年初版刊行)』は、 エラリー・クイーンが1845年以降ミステリジャンルで刊行された個人短編集のうち、もっとも重要な106冊をセレクトした『Queen's Quorum クイーンの定員』の中で、 歴史ミステリ短編集の代表的一冊として挙げられています。

クイーンの評によると、
歴史的重要性(Historical Significance)
文体とプロットの独創性における質的価値(Quality)
において取り上げられる価値があるとの事。

尚、収録作品のうち、『カザノヴァのアリバイ』とカリオストロ伯爵三部作は1951年~52年に本国版エラリー・クイーンズ・ミステリマガジンに再録され、 そのうち、カリオストロものの『時の主』はオットー・ペンズラー編のテーマ短編集に再録されました。

(初出と思われる雑誌名と号数も記しましたが、短編作品は何度もあちこちに再録される為に更に先行する掲載があるかもしれないので、判明した際は適宜修正します)

Turbulent Tales 悪業物語(1946年初版刊行)

The Kneeling Cupid 跪くクピド 1496年、イタリア。若き日のミケランジェロが関わった「Cupido Dormiente 眠れるクピド」贋作詐欺事件。
The Premier Magazine 1923年8月号
By Ancient Custom 古のならわしによりて15世紀半ば、東フランダース。今まさに絞首刑にかけられる寸前の青年トリスタンに、突然現れた美しい貴婦人が結婚を申し込む。
The Scapularyスカプラリオ 1572年8月24日、フランス。愛し合いながらも心の擦れ違う一組の夫婦がサン・バルテルミの虐殺の夜を迎える。
Nash’s Illustrated Weekly 1919年12月6日号
The Remedy治療 1685年、イングランド。持病の腎臓病に苦しむ「首吊り判事」ジェフリーズは、画期的な治療と引き換えに、モンマス公の乱に加担した青年の助命を頼まれる。【"Captain Blood" のスピンオフ】
The Strand Magazine 1937年10月号
The Constable of Chardチャードの巡査 1685年、イングランド。モンマス公の乱の逃亡者狩りを行なう狡猾な警吏が、エリザベス朝に建てられた「司祭の隠れ穴」のある古い館に目を付ける。
The Strand Magazine 1939年12月号
The Catchpoll捕吏 19世紀、イングランド。有名な辻強盗キャプテン・エヴァンズに襲われた伊達男ウィザーリントンは自ら捕吏を指揮してエヴァンズを捕らえようとするのだが。
The Argosy 1927年11月号
Loaded Diceいかさま賽 19世紀、イングランド。浪費家のハーピントン卿は女子相続人ロージーの心を捉えるべく「辻強盗から颯爽と婦人を救出する求婚者」の芝居を仕組む。
Casanova's Alibiカザノヴァのアリバイ1743年、ヴェネチア共和国。ジャコモ・カサノヴァ18歳の出来事。 遺恨ある相手との小競り合いの結果、監獄に送られたカサノヴァ青年は、この状況を利用した完全犯罪をたくらむ。
(日本版EQMM1958年8月号掲載)【カサノヴァ連作シリーズ第一話】
The Premier Magazine 1914年9月号
再録:Ellery Queen’s Mystery Magazine 1952年6月号
The Open Door開け放しの扉 18世紀、フランス。三流剣術家フロリモンは高名な剣士の弟子を詐称して小金を稼いでいたのだが、ある日挑発した相手は本物の剣豪で…。
Redbook Magazine 1935年7月号
The Lord of Time時の主 18世紀、フランス。ストラスブールに出現した”超人”カリオストロ伯爵は予言や病の治癒、錬金の法によってアルザス地方の要人を次々と篭絡してゆく。 ルイ・ド・ローアン枢機卿までもがカリオストロの術中に陥るに至って、ローアンの甥、ド・ゲメネは激昂しペテン師の正体を暴かんとする。
(創元推理文庫『魔術ミステリ傑作選』オットー・ペンズラー編に収録)
Maclean’s 1933年2月1日号
再録:Ellery Queen’s Mystery Magazine 1951年5月号
The Death-Maskデスマスク 18世紀、フランス。ローアン枢機卿という後ろ盾を得てパリに進出したカリオストロ伯爵は、たちまち上級貴族たちの心を捉えて怪しげな秘密集会を主催するようになる。 警視総監クロンの部下アルマンはカリオストロの妻を誘惑して情報を引き出そうとするが、その為に夫人はカリオストロを殺害するに至る。 涙ながらに死体の処理を頼まれたアルマンだが…。
再録:Ellery Queen’s Mystery Magazine 1951年9月号(掲載時に"The Spy"に改題)
The Alchemical Egg錬金術の卵 18世紀、フランス。フランツ・アントン・メスメル医師から侮辱されたカリオストロ伯爵は、要人たちの立ち会う前で錬金術の実演を行なう。
再録:Ellery Queen’s Mystery Magazine 1951年6月号
The Ghost of Tronjollyトロンジョリの幽霊 18世紀、フランス。長旅の途中で親しくなった貴族階級の若者サン・アンドレと商人の息子トロンジョリ。 だがパリに到着する前にトロンジョリは急病で死亡し、やむなくサン・アンドレはトロンジョリの見合い相手に事情を告げに向かったのだが、手違いで彼自身が見合いにやって来た当人と誤解されてしまう。 【1949年にBBCでTVドラマ化】
Top-Notch Magazine 1921年3月15日号
The Luck of Capouladeカポーラードの運 1793年、革命後フランス。隠れ王党派の恩人を陥れる為に、カポーラードはヴァンデの叛乱鎮圧部隊に密告するのだが…。
Boys’ Life 1924年10月号
The Passportパスポート 18世紀、革命後フランス。身分を隠して国外脱出を図るフレネー子爵夫妻は旅の途中で夫アルマンの旧友であり現在は共和国議員のヴァイイと再会する。 子爵夫人クロチルドはヴァイイからパスポートを奪って共和国の使者に成り済ますように夫をそそのかす。
The Strand Magazine 1940年5月号
The Recoil反動 1801年、フランス。ナポレオン第一執政時代のジョゼフ・フーシェと密偵頭のデマレが遭遇した小事件。【"The Lost King" のスピンオフ】
(『ブラッドハウンドとカメレオン』の訳題で『The Lost King ~失われし王ルイ=シャルル』上巻に収録)

収録作品中、一番「ミステリ小説」らしいプロットなのが不可能犯罪もの『カザノヴァのアリバイ』。ちなみにアリバイは崩されずに犯罪成功します。


カリオストロ三部作のうち日本語訳があるのは最初の『時の主』だけなのですが、これは三部作通して読んだ方が面白いので邦訳がないのは残念。

一作目:不可解な事件が起きたのに合理的解決がされない、カリオストロは超然とした態度を崩さない。仮説は立てられるけれど、もしや本当に魔法が使われたのでは…?

二作目:不可解な事件が起きたが、作中で合理的解決が提示される。しかしカリオストロは超然とした態度を崩さず神秘のベールをまとったまま。

三作目:ドイツの名医から「お前なんかサンジェルマン伯爵の劣化コピーのパクリ屋じゃねーか」とディスられたカリオストロ、冒頭から怒り狂って俗人ぶりを見せ付ける。 この人、やっぱりペテン師だったんだ…。 「要人立会いの許で検証実験を行ってインチキを暴いてやる」というメスメル医師の挑戦を受けて黄金組成の公開実演をするが、 メスメルに手口を暴かれ再実演をするハメになり内心冷や汗をかきながら危ない綱渡りを…。

と、段々化けの皮が剥がれていく構成なのです。


その他の収録作品は、騙しだまされのコン・ゲームや、企みから行動したが歴史状況の中で思わぬアクシデントが起こりツイストの効いた結末へ…というもの。

日本人には馴染みのない国と時代ですが、複雑な歴史状況を背景にしたロマンス小説として興味深い"By Ancient Custom"、 モンマス公の乱の戦後処理の過酷さと、その中で節を貫こうとする庶民の勇気ある姿を描いて読後感さわやかな"The Constable of Chard" などが個人的なお勧め。