翻訳道楽

リチャード・コネルの「最も危険なゲーム」

 この小説はリチャード・コネル(Richard Edward Connell Jr., 1893年10月17日-1949年11月22日)の短編 The Most Dangerous Gameを私が翻訳したものです。

2013年07月からPubooなどのSNSに翻訳著作権放棄を宣言した上で投稿していましたが、自サイトにもUPしておく事にしました。
(尚、この「翻訳者の本サイト掲載バージョン」は、他のSNS投稿版とは違ってルビ付き仕様なので訳文が微妙に違います)

リチャード・コネルの「最も危険なゲーム」

「右に寄った方に――どのあたりだったかな――大きな島があるんだ」ホイットニーが言った。「ちょっとミステリアスな話で…」

「何て島なんだい?」レインズフォードは尋ねた。

「古い地図には『船罠シップトラップ島』とある」ホイットニーは答えた。「どうだい、思わせぶりな名前じゃないか?船乗り達はあそこに妙な恐怖心を持っていてね。理由は知らんが。何か迷信でも…」

「見えないな」レインズフォードはそう言うと、触れる事すらできそうな程の濃密さで船上を圧する生温い熱帯の闇の向こうを見透かそうと試みた。

「君は良い目をしてるよ」ホイットニーが笑いながら言った。「君が400ヤードの距離から、紅葉した茂みの中を移動するヘラジカを仕留めるのを見た事があるけどね、でも、いくら君でも月もないカリブの夜に4マイル以上先を見通すのは無理さ」

「4ヤードでも無理だな」レインズフォードは認めた。「うへっ!まるで湿った黒いベルベットみたいだ」

「リオに行けば十分に明るいだろうよ」ホイットニーが請合った。「数日中に着けるはずだよ。ジャガー撃ち銃がパーディの店から届いているといいんだがな。アマゾンの上流で楽しい狩りをしようじゃないか。偉大なるスポーツ、ハンティングをね」

「世界中で最も素晴らしいスポーツだ」レインズフォードが同意した。

「ハンターにとってはね」ホイットニーは訂正した。「ジャガーにとっては違うだろう」

「つまらん事を言うね、ホイットニー」レインズフォードは言った。「君は大物狙いのハンタービッグゲーム・ハンターで、哲学者じゃない。ジャガーがどう感じるかなんて、誰が気にするって言うんだ?」

「多分ジャガーは気にするんじゃないかな」ホイットニーは言った。

「は!奴等にそんな知能があるもんか」

「だとしても、連中にも少なくともこれだけは理解できるんじゃないかな――恐怖さ。痛みに対する恐怖、死の恐怖」

「馬鹿馬鹿しい」レインズフォードは笑いながら言った。「この暑さのせいで女々しくなったな、ホイットニー。現実的になれよ。この世は二つの階級で出来てるんだ――狩るものと、狩られるもの。有難い事に、君と私はハンターだ。その島はもう通り越しちまったかな?」

「暗いから断言はできないがね。そうであってくれるといいな」

「どうしてだい?」レインズフォードは尋ねた。

「あの土地には噂があってね――良くないやつが」

「人食い人種か?」レインズフォードが水を向けた。

「それはない。人食い人種だって、こんな神も見捨てたような土地には住まないさ。だがどういう具合か、船乗りの間で広まっている噂があるんだよ。クルーが今日は少しナーバスになっているのに気付かなかったのかい?」

「ちょっと様子がおかしかったな、言われてみれば。キャプテン・ニールセンまで――」

「ああ、あの悪魔の処に出向いて灯りを借りてくるくらい平気な、物に動じない年季のいったスウェーデン人ですらね。あの青い目があんな風にどんよりするのを見たのは僕も初めてだよ。彼から聞き出せたのは『この場所は船乗りの間じゃ不吉な噂があるんです、サー』だけだった。それから彼は実に厳かに言ったんだ。『旦那、何かを感じませんか?』――まるで我々の周りの空気が実際に毒でも含んでるみたいにね。笑い事じゃないよ――僕はその時、突然の寒気のようなものを感じたんだ。

微風すらなかった。海は窓ガラス同然に平らだったよ。僕達はその時、あの島の近くを航行していた。僕の感じたものは――心理的な寒気、突然の恐怖の類だった」

「気のせいさ」レインズフォードが言った。

「迷信深い船乗りが一人いるせいで、乗組員全体にそいつの恐怖が広まる事もある」

「かもしれんが。だが僕は時々、船乗りには危険を察知するカンがあるように思うんだ。時には災厄が感知できたりもするんじゃないかな――波長でね、音や光と同じように。不吉な場所は、言うなれば、不吉な波長を発したりもする。なんにせよ、この水域から離れつつあるのは喜ばしい事さ。さて、そろそろ船内に戻ろうか、レインズフォード」

「私はまだ眠くない」レインズフォードが言った。「後部デッキでもう一服するよ」

「それじゃ、おやすみ、レインズフォード。また朝食の時に」

「ああ。おやすみ、ホイットニー」

 レインズフォードが其処に座った時、暗闇の中を高速で走るヨットを駆動させるエンジンの鈍い振動とスクリューが立てる波のざわめきを除けば、夜はひたすら静かだった。

 レインズフォードはデッキチェアに身をあずけ、物憂げに愛用のブライヤーパイプを燻らせた。心地良い夜の眠気がやってきた。「まっ暗だな」彼は思った。「目を閉じなくても眠れそうだ。夜がまぶた代わりに――」

 突然の物音が彼を驚かせた。それは右方向の離れた地点から聞こえ、その種の音には詳しい彼の耳には間違えようもなかった。再び彼はその音を聞いた。そして更にもう一度。何処か遠く離れた闇の中で、誰かが三度銃を撃ったのだ。

 レインズフォードは飛び起きると、当惑しつつも素早く手摺まで移動した。彼は銃声が聞こえてきた方向に目を凝らしたが、しかしそれは毛布越しに透かし見ようとするようなものだった。彼は視界を広げようと手摺に飛び乗り、バランスをとった。パイプがロープにぶつかり口からはたき落とされた。彼はそれに向かって手を伸ばした。短いかすれた叫び声が唇から漏れたのは、自分が遠くまで手を伸ばし過ぎバランスを失ったのを悟った時だった。その叫びはすぐにかき消され、彼は血潮のように暖かいカリブの海水に頭から落ちていた。

 レインズフォードは必死に水面まで浮上し大声を出そうとしたが、高速で走るヨットが立てた波が顔にたたきつけられ、開いた口の中に入った塩水でむせて窒息しそうになった。遠ざかるヨットの灯りを追って、彼は強いストロークで懸命に泳ぎだしたが、しかし50フィートも泳ぐ前にストップした。ある種の落ち着きが生まれていた。窮地に陥ったのは初めての事ではなかった。彼の叫びをヨットに乗る誰かが聞きつける可能性は無きにしもあらずだが、しかしその可能性は薄く、しかもヨットが遠ざかるにつれて更に薄くなっていた。彼は悪戦苦闘して服を脱ぎ、全力で叫んだ。ヨットの灯りは弱々しく、今にも消え失せようとする蛍のようになっていた。やがてそれは、完全に闇夜の中に消えてしまった。

 レインズフォードは銃声を思い出した。あれは右の方角から聞こえてきた。そして彼は決然としてその方角に向かって泳ぎ出した。ゆっくりと、慎重なストロークで、体力を温存しながら彼は泳いだ。無限とも思える時間を、彼は海と格闘した。彼は自分のストロークを数え始めていた。もう百回程度なら水をかけるはずだが、それ以上は――

 レインズフォードはある音を聞いた。それは暗闇から聞こえてきた、かん高く凄まじい叫びの音、苦しみと恐怖の極みで動物が発する音だった。

 彼にはその音を立てた動物の正体がわからなかった。探ろうともしなかった。新たな活力をもって、彼はその音に向かって泳ぎだした。彼は再びそれを聞いた。そしてそれはパンパンと断続的に続いた騒音によって断ち切られた。

「ピストルか」レインズフォードは泳ぎながらつぶやいた。

 更なる十分間を懸命に泳ぐ彼の耳に別の音が聞こえてきた――今まで聞こえた中でも最も有難いものが――岩だらけの岸に打ち寄せる波が生み出すくぐもった低い音だった。気付いた時には、彼はほとんど岩の上に着いていた。これほど穏やかな夜でなければ、岩に叩きつけられていたかもしれない。残された力で彼は渦巻く水から己の身を引きずるようにして抜け出した。ぎざぎざの険しい岩が暗闇の中へと突き出ているようだった。彼は両の手を交互に使ってその岩を這い上がった。手の皮がむけ、息を切らしながらも、彼は頂上の平らな場所に辿り着いた。生い茂るジャングルは崖の丁度端まで達していた。からみあう木々の中に彼を待ちうけているかも知れない危険について、その時のレインズフォードは考えもしなかった。彼が意識していた全ては、自分が己に牙をむく海から無事逃げおおせた事、そして完全に疲労困憊しているという事だけだった。彼はジャングルの端に倒れ伏し、これまでの人生で最も深い眠りの中に急速に落ち込んでいった。

 レインズフォードが目を開けた時、彼は太陽の位置から今が午後遅い時刻である事を知った。睡眠が彼に新たな活力を与えていた。強烈な飢えが彼を責め立てた。彼はほとんど上機嫌で周囲を見回した。

「銃声ある処に、人間あり。人間ある処に、食物ありだ」彼はそう考えた。だが、一体どんな人間なのだろう、こんな辺鄙な場所にいるのは?もつれ生い茂るジャングルの途切れる事のない前面が岸を縁どっていた。

 もつれあう雑草と木々の中には人の通った痕跡は見られなかった。岸に沿って歩く方が容易であり、レインズフォードは水辺をよろめくように進んだ。上陸した場所から然程遠くない地点で、彼は足を止めた。

 何か傷ついたもの――大型の動物と思われる――が転げまわったような痕跡が下生えの中にあった。ジャングルの雑草は踏み潰され、苔はえぐられていた。雑草の一部は深紅に染まっていた。小さな光を反射する物体が然程離れていない位置に落ちているのが目に留まり、レインズフォードはそれを拾い上げた。空の薬筒だった。

「22口径」彼は言った。「妙だな。相当大きな動物のはずだが。こんな小口径の銃で渡り合うとは、このハンターは随分な度胸の持ち主らしいな。獣の方が襲い掛かってきたんだろうが。最初に聞こえた三発は、恐らくハンターが獲物を追い出して傷つけた時のものだろう。最後の一発は、獲物をここまで追い詰めてとどめを刺した時のものか」

 綿密に地面を調べた彼は、期待通りのもの――ハンティングブーツの足跡――を見つけた。その足跡は彼の進行方向の先へと崖沿いに続いていた。彼は意気込んで、腐った丸太やまるっこい石に足を滑らせつつも、前へと急いだ。夜のとばりは島の上に落ちつつあった。

 湿気た闇が海とジャングルを黒く塗りつぶした頃、レインズフォードは灯りを発見した。彼がそれを目にしたのは、海岸線の湾曲部を曲がった時だった。当初彼は村を発見したのかと思った。何故なら非常に沢山の灯りがついていたからだ。だが前方に進んでみると、驚いた事に全ての灯りは一つの巨大な建物――闇の中にそびえ立つ、複数の塔を備えた建造物のものだった。彼の目は宮殿のようなシャトーのぼんやりした輪郭をとらえた。それは絶壁に位置を占めており、三方は闇の中で海が貪欲に舌なめずりしている切り立った崖になっていた。

「蜃気楼か」と、レインズフォードは考えた。それが蜃気楼ではない事を理解したのは、彼が高い忍返しの付いた鉄の門を開けた時だった。石段は確かに現実だった。睨みつけているガーゴイルを模ったノッカーのついた分厚い扉も確かに現実だった。その全てをもってしても、尚、周囲には非現実的なムードが漂っていた。

 彼はノッカーを持ち上げたが、それは硬く軋み、まるで未だかつて使われた事がなかったかのようだった。ノッカーから手を放した彼は、鳴り響いた音の騒々しさに驚いた。中で足音が聞こえたような気がした。扉は閉じられたままだった。再度、レインズフォードは重いノッカーを持ち上げて、落とした。するとドアが開き――まるでバネ仕掛けかと思う程に突然開き――そしてレインズフォードは流れ出た金色の光の眩しさに目をしばたたかせながら立ち尽くした。レインズフォードの目が最初にとらえたのは、彼が今まで見た中でも最も大きな男――巨人さながらの、たくましい、黒髭をウエストの辺りまで垂らした男であった。男の手には長い銃身のリボルバーがあり、それが狙い定めているのはレインズフォードの心臓だった。

 もつれた髭面から二つの小さな目がレインズフォードを見つめていた。

「怪しい者ではありません」と、警戒心を和らげる効果を期待して微笑を浮かべ、レインズフォードは言った。「私は強盗ではありません。ヨットから転落したのです。私の名前はニューヨーク市のサンガー・レインズフォードです」

 威嚇するような目つきに変化はなかった。大男は彫像のように微動だにせず、依然としてリボルバーを向けたままだった。彼がレインズフォードの言葉を理解した、あるいはその言葉が聞こえたという兆候すらなかった。彼が身に着けているのは制服――グレーの子羊の毛皮アストラカンで縁取られた黒い制服だった。

「私はニューヨークのサンガー・レインズフォードです」レインズフォードは再び話し出した。「私はヨットから転落しました。私は非常に空腹なのです」

 男の唯一の答えは親指でリボルバーの撃鉄を上げる事だった。それからレインズフォードは、男の空いた方の手が軍隊式の敬礼で額に上がるのを見、そしてまた両の踵をつけて不動の姿勢をとるのを見た。もう一人の男が広い大理石の階段を降りて来ていた。姿勢の良い痩身には夜用の服をまとっていた。彼はレインズフォードの前に進み出ると、その手を差し出した。

 わずかな訛りがある為に、かえって正確さと思慮深さが加味されている洗練された発音で男は言った。「我が家に高名な狩猟家のサンガー・レインズフォード氏をお迎えできるとは、まことに大いなる喜びと名誉であります」

 反射的にレインズフォードは男の手を握った。

「チベットでのユキヒョウ狩りに関する御著書は拝読しました」男は自己紹介した。「私はザロフ将軍」

 レインズフォードの第一印象はこの男が非常にハンサムだという事であり、二番目の印象はこの将軍の顔には独特の、ほとんど奇異と言って良い特徴があるという事だった。彼は長身の中年を過ぎた男のはずだった。何故なら彼の髪は鮮やかな白髪だったからだ。しかしその濃い眉と尖った口髭は、レインズフォードが潜り抜けてきた夜闇と同様に黒かった。同じく彼の瞳も黒く、強い輝きを放っていた。高い頬骨、鋭い鼻梁、痩せた黒い顔――命令を下す事に慣れた男の顔であり、特権階級に属する者の顔だった。制服を着た巨漢を振り向き、将軍は身振りで示した。巨漢はピストルを仕舞うと一礼し、引き下がった。

「イワンは剛力無双の男だが」と将軍は言った。「悲しいかな聾唖なのだ。単純な男なのだが、困った事に奴の血族の常として、少々野蛮にできている」

「彼はロシア人なのですか?」

「コサックだ」将軍はそう言うと、赤い唇と鋭い歯を見せて笑った。「私もだが」

「来たまえ」彼は言った。「こんな処で立ち話でもあるまい。話は後にしよう。君には服と食事と休養が必要だ。こちらで提供しよう。ここは体を休めるには最高の場所だ」

 イワンが再び現われ、将軍は唇の動きだけで彼に何事かを伝えた。

「イワンの後に従ってくれたまえ、ミスター・レインズフォード」将軍が言った。「君がやって来た時、私は丁度夕食にとりかかる処だった。君をお待ちしよう。私の服は君の体に合うはずだ、恐らくな」

 レインズフォードが無言の巨人の後を追って辿り着いたのは天井の高い広大な寝室であり、六人の男にもまだ余る程の大きな天蓋付きのベッドが置かれていた。イワンは夜用のスーツを出し、それを身に着けたレインズフォードは上級貴族御用達のロンドンの仕立屋の手になるものと気付いた。

 イワンが彼を案内したダイニングルームはあらゆる意味で見ものだった。其処には中世の荘厳があった。オーク材の鏡板と高い天井は封建時代の威風堂々たるホールを思わせ、巨大なダイニングテーブルは四十名は着席できそうだった。ホールには夥しい動物の頭が飾られていた――ライオン、虎、象、大鹿、熊。レインズフォードが未だかつて見た事のない程の大きな個体か、あるいはより完璧な剥製だった。大テーブルに将軍は独りで座っていた。

「カクテルはいかがかな、ミスター・レインズフォード」彼が勧めた。そのカクテルは並外れて美味なものだった。そしてレインズフォードはテーブルにセッティングされているリネン、クリスタル、銀器、磁器が最高級の品々である事に気付いた。

 彼等はロシアで好まれる料理であるボルシチ、サワークリームを添えた濃厚な赤いスープを食べていた。半ば弁解するようにザロフ将軍は言った。「当家は文明生活を維持する為に最善を尽くしているが、至らぬ処があったとしても御寛恕願いたい。何分、ここは人里から相当離れている。そのシャンペンは長い船路で損なわれてはおらんかな?」

「いいえ、全く」レインズフォードは請合った。彼は将軍が最上の気遣いのある愛想の良いホスト、真のコスモポリタンであると思った。しかしひとつだけ、レインズフォードを心地悪くした将軍の小さな癖があった。彼が皿から視線を上げた時、常に将軍が自分をじっと見つめ、入念に値踏みをしているように思えたのだ。

「きっと」と、ザロフ将軍は言った。「私が貴君の名前を存じ上げていた事を驚かれたでしょうな。よろしいか、私は英語、フランス語、ロシア語で書かれた狩猟に関するありとあらゆる本を読み漁ったのですよ。私が己の人生で情熱を傾けるものは唯一つ。ミスター・レインズフォード、それはハンティングなのです」

「こちらには見事な獲物の頭がありますね」格別の美味に調理されたフィレ・ミニョンを食べながらレインズフォードは言った。「そのケープ・バッファローは私が今まで見た中でも最大のものです」

「おお、あれか。そう、奴は怪物だった」

「突進してきたのですか?」

「樹に向かって私を投げつけたよ」将軍は言った。「お陰で私は頭骨を砕かれた。だが、私はあの獣を仕留めた」

「常々考えるのですが」レインズフォードは言った。「全ての大型の猟獣ビッグ・ゲームの中でも最も危険なのは、ケープ・バッファロー狩りではないでしょうか」

 ほんのわずかの間、将軍は答えを返さなかった。彼は赤い唇に意味ありげな微笑を浮かべていた。それから彼はゆったりとした口調で言った。「いや。君は間違っている、サー。ケープ・バッファロー狩りは最も危険な大型の猟獣ビッグ・ゲームではない」彼はワインをすすった。「ここ、この島の私の保護区で」と彼はゆったりとした口調を崩さぬまま言った。「私はもっと危険な獲物を狩っている」

 レインズフォードは驚きをあらわにした。「この島に大物がいるんですか?」

 将軍はうなずいた。「最も手ごわいのがな」

「本当ですか?」

「おお、無論、元からここに生息していたものではないぞ。私はこの島に飼わねばならなかった」

「一体何を持ち込んだのです、将軍?」レインズフォードは尋ねた。「虎ですか?」

 将軍は微笑した。「いや」と彼は言った。「虎狩りは数年前に飽きた。虎に関してはやり尽してしまったのだ。虎狩にはもうスリルを感じる余地がない、本物の危険も。私は危険を求めて生きているのだよ、ミスター・レインズフォード」

 将軍はポケットから金のシガレットケースを取り出して、銀の吸い口のついた長く黒いタバコをゲストに差し出した。それには香料が使われており、芳香を発していた。

「盛大な狩りをしようではないか、君と私で」将軍は言った。「君を狩り仲間に加えられたら、これ以上の喜びはない」

「しかし何の狩りを――」とレインズフォードは言いかけた。

「後で説明しよう」将軍は言った。「君も面白がるはずだ。大げさでなく、私は世にも稀な事をしているのだと自負している。私は新しい刺激を発明したのだ。ポートワインをもう一杯いかがかな?」

「ありがとうございます、将軍」

 将軍は二人のグラスを満たし、そして語った。「主はある者を詩人として造りたもう。ある者は王に、ある者は乞食に。私はといえば、主はハンターに造りたもうたのだ。私の指は引き金の為に作られたのだ、父はそう言った。父はクリミアに25万エーカーの土地を持つ大層な富豪であり、そして情熱的なスポーツマンだった。私がほんの五歳の頃、父はモスクワで私の為に特別に作らせた小さな銃を与えてくれた。スズメを撃つ為の。私がそれで父の大事にしていた七面鳥を何羽か撃った時、父は私を罰さなかった。父は私の射撃の腕を褒めたのだ。コーカサスで最初に熊を仕留めた時、私は十歳だった。私の人生は一つの長い狩猟行のようなものだった。私は軍に入った――貴族の子弟に期待される通りに――そしてコサック騎兵隊を指揮した。だが私の本当の興味は常に狩りだった。私はあらゆる土地であらゆる種類の獲物を捜した。これまでにどれ程の獣を仕留めたのかを一々説明するのは不可能だ」

 将軍はタバコを吹かした。

「ロシア帝国の崩壊後、私は祖国を去った。皇帝ツァーリの将官があの地に残るのは無分別というものだったからな。多くのロシア貴族が全てを失った。幸い私はアメリカの株に大いに投資していたお陰で、モンテカルロで喫茶店を開いたりパリでタクシーを運転したりしないで済んだ。当然、私は狩りを続けた――君の母国のロッキー山脈では灰色熊、ガンジス川ではワニ、東アフリカではサイ。ケープ・バッファローが私に突進し、六ヶ月も身動きできなくされたのはアフリカでの事だった。回復するとすぐに、私はジャガー狩りの為にアマゾンに出発した。奴等が異常に狡猾だという話を聞いたのでな。だが期待した程ではなかった」コサックは溜息をついた。「連中は知恵と高性能ライフルを携えたハンターには全く太刀打ちできなかった。私は酷く失望した。ある夜、私は割れるような頭痛を起こしてテントで横になっていたのだが、その時恐ろしい考えが心をよぎった。私は狩りに退屈し始めている!既に語った通り、狩りは私の人生そのものだった。アメリカでは全人生を打ち込んでいたビジネスを退いた実業家が、しばしば心身を病むそうではないか」

「ええ、確かに」レインズフォードは言った。

 将軍は微笑した。「私は病みたくなどなかった」彼は言った。「私は何かをしなければならなかった。ところで、私は分析的に考える性分でな、ミスター・レインズフォード。それこそが、私が追跡を楽しむ理由だ」

「でしょうね、ザロフ将軍」

「そこで」と将軍は続けた。「私は自問自答してみた。何故、狩りが最早私を魅惑しなくなったのかと。ミスター・レインズフォード、君は私よりも大分若いので、私よりも経験した狩りの数は少ないだろうが、しかし君には恐らくその答えを推測できるはずだ」

「それは何だったのです?」

「簡単な事だ。狩りが、世にいう処の『冒険を伴う命題』ではなくなってしまったからだ。狩りは余りにも容易になってしまっていた。私は常に獲物を得ていた。常に。完璧より酷い退屈はない」

 将軍は新しいタバコに火をつけた。

「いかなる獣であれ、私から逃れるチャンスはない。うぬぼれではない。これは数式にも等しい必然だ。獣には脚力と本能以外には何もない。本能では知性に太刀打ちできない。これに思い至った時は、私にとっては悲劇的な瞬間だった、そう言える」

 レインズフォードは将軍の語る言葉に熱中し、思わずテーブルから身を乗り出していた。

「私は何をすべきか、ある天啓が心に浮かんだ」将軍は続けた。

「で、それは?」

 将軍は微笑んだ。障害に直面し、それを見事に乗り越えた者が浮かべる静かな微笑だった。「私は狩るべき新たな獣を発明すべきだと」彼はそう言った。

「新たな獣?ご冗談でしょう」

「いや」と将軍は言った。「私は狩りに関しては決して冗談は言わない。私は新たな動物を必要としていた。私はそれを見つけた。それで私はこの島を買い、この館を築き、そしてここで私は狩りをしているのだ。この島は私の目的にうってつけだ――丘や沼を有した迷路のようなジャングルがあり――」

「しかし獣は?ザロフ将軍」

「おお」将軍が言った。「あれは私に、この世で最もエキサイティングな狩りを味わわせてくれる。他のいかなる狩りも、一瞬としてあれとは比べものにならない。私は毎日狩りをし、そして今や私は決して退屈を覚える事がない。何故なら私には、己の知性を総動員しなければならない獲物がいるのだから」

 レインズフォードの顔には当惑が広がった。

「私は狩りにとって理想的な動物を望んだ」将軍は説明した。「私は己にそれを問うた。『理想的な獲物の特質とは何ぞや?』その答は言うまでもなく、『勇気と、狡猾さ、そして何よりも知性を有していなければならない』だった」

「しかし動物に知性はありません」レインズフォードが反駁した。

「親愛なる同胞よ」将軍は言った。「知性ある動物がひとつだけ存在する」

「しかし、まさかそんな――」レインズフォードは息を乱して言った。

「何故まさかなのだ?」

「貴方が真面目におっしゃっているとは到底信じられません、ザロフ将軍。こんなものは、悪趣味な冗談です」

「何故私が真面目ではないと?私は狩りについて話しているのだ」

「狩り?馬鹿げています、ザロフ将軍、貴方のおっしゃっているのは殺人です」

 将軍は呵呵大笑した。彼は訝しげにレインズフォードを見つめた。「君のように近代的で文明的な若者が、人命の価値についてロマンチックな考えを抱くなどとは信じられんな。君だって従軍経験は――」

「だからといって、私は冷酷な殺人を許容しません」身を硬くして、レインズフォードは言い切った。

 笑いが将軍を揺さ振った。「なんとも奇矯な男だな、君は!」彼は言った。「いくらアメリカとはいえ、当節の知識階級にこのようにナイーヴな、言うなればヴィクトリア朝的価値観の若者がいるとはな。まるでリムジンの中で嗅ぎ煙草入れを見つけたようだ。ああ、そうか、君の先祖は清教徒ピューリタンだったな。多くのアメリカ人は清教徒の末裔だ。賭けてもいいが、私と狩りを共にすれば、君は自分のつまらん思い込みなど忘れるだろう。君の為に用意された正真正銘の新鮮なスリルが待ち受けているのだよ、ミスター・レインズフォード」

「お断りする。私はハンターだ、殺人者ではない」

「やれやれ」極めて平静に将軍は言った。「またその不快な表現か。だが私は証明できるはずだ、君の良心の咎めには何の根拠もないとね」

「なんだって?」

「生命は強者の為に存在するのだ。強者を生かす為に、そして必要とあらば強者によって奪われる為に。この世の弱者達は、大いなる喜びを提供する為にここに集められた。私は強者だ。何故その私が天の賜りものである己の力を行使してはいかんのだ?私が狩りを望むなら、ためらう理由が何処にある?私は世間の屑どもを狩るのだ。針路を外れた船の乗組員――インド人、黒人、中国人、白人、混血――サラブレッドや猟犬一頭の方が、連中を数十人集めたより余程価値がある」

「彼等は人間だ」レインズフォードは激昂して言った。

「その通り」将軍は言った。「だからこそ私は奴等を使うのだ。私に喜びを与えてくれるのもそれ故だ。連中は曲がりなりにも知性がある。だから危険なのだ」

「しかし、一体何処で彼等を調達しているのです?」

 将軍の左目は一瞬ひくついた。「この島は船罠シップトラップ島と呼ばれている」彼は答えた。「時折、怒れる神が高波を起こして我が許に奴等を送り届けてくれる。主の思し召しがない場合には、私が主の御業を少しばかり助けるのだが。さあ、窓に寄ってみたまえ」

 レインズフォードは窓辺に歩み寄ると、海の方向を見た。

「見たまえ!あそこだ!」将軍が夜闇の中を指さして叫んだ。レインズフォードの目には暗闇しか見えなかったが、次に将軍がボタンを押した時、レインズフォードは遥か先の沖に明滅する光を見た。

 将軍はクスクスと笑った。「あれが指し示している水路は」と彼は言った。「存在しない。剃刀の刃のように尖った巨大な岩が、大きく口を開いた怪物さながらに待ち受けているのだ。あの岩々は私がこの木の実を押し潰すのと同じくらい容易に船を押し潰す事ができる」彼は堅木の床にクルミを落とし、踵で踏みつけた。「おお、もちろん」事もなげに、彼は問われてもいない答えを付け加えた。「電気を使っているのだよ。当家は文明的であろうと努力している」

「文明的ですって?そして貴方は人間を撃っていると?」

 かすかな怒りが将軍の黒い目元を曇らせたが、しかしそれはほんの一瞬の事だった。そして彼は上機嫌な口調で言った。「やれやれ、君は全くもって廉直な若者だな!保証しよう、私は君のほのめかしたような事はしていない。そんな残忍な事はね。私は我が許に辿り着いた者達を丁重に扱っている。彼等はたらふく旨い食事をとり、そして運動する。彼等の身体的コンディションは最良の状態になる。君は明日、その目で確かめるはずだ」

「どういう意味です?」

「私のトレーニング学校をご案内しよう」将軍は微笑した。「地下室にあるのだ。現在、其処には約1ダースの生徒がいる。彼等は不運にも岩に乗り上げたスペインの小帆船、サン・ルカ号の乗組員だ。残念ながら、優秀とは程遠いと言わざるを得ん。お粗末な心身の見本のような連中で、ジャングルよりもデッキに慣れている」彼が手を上げると、給仕として控えていたイワンが濃いトルコ・コーヒーを運んできた。レインズフォードは味わう気にもなれなかった。

「これはゲームなのだよ、わかるかね」穏やかに将軍は話を続けた。「私は彼等の一人を狩りに誘う。彼には食物と上等のハンティングナイフを与える。彼には三時間の先行を許す。私は最小の口径と射程距離のピストルだけで武装し、その後を追うのだ。もし獲物が三日間、私から逃げおおせたなら、ゲームは彼の勝ちだ。私が彼を発見すれば」――将軍は微笑んだ。「――彼は負ける」

「彼が狩られる事を拒否した場合は?」

「おお」将軍は言った。「私は無論、彼に選択を任せる。彼が望まないのならば、そのゲームに参加する必要はない。もし狩りをする事を望まないなら、私は彼をイワンに引き渡す。イワンはかつて偉大なるロシア帝国の皇帝ツァーリの御為に刑吏を努めていた。そして彼には彼の楽しみというものもある。一人の例外もなく、ミスター・レインズフォード、一人の例外もなく彼等は狩りを選ぶ事になる」

「では、もし彼等が勝った場合は?」

 将軍の顔に浮かぶ微笑が広がった。「これまで私は負けた事はない」彼は言った。それから彼は急いで付け加えた。「私を自慢屋と思わないでいただきたい、ミスター・レインズフォード。連中の大半は単に初歩的な課題しか与えてくれない。時折は手に負えぬ者もいる。そのうちの一人はほとんど勝ちそうになった。私は最終的には犬を使わざるを得なかった」

「犬?」

「こちらへ。お目にかけよう」

 将軍はレインズフォードを窓に進ませた。窓からもれる灯りがちらつく光を中庭に落とし、眼下にグロテスクなパターンを描いていた。そしてレインズフォードは其処に1ダースかそこらの動き回る黒いシルエットを見た。それらが彼の方を向いた時、その目は緑色にきらめいた。

「中々優秀な奴等だと思っているよ」将軍は言った。「奴等は毎晩七時に外に出される。何者かが我が館に侵入しようと――あるいは出て行こうと――試みれば、極めて遺憾な事態が起こるだろう」彼はパリのミュージック・ホールフォリー・ベルジェールの歌の一節をハミングした。

「さて」将軍は言った。「君に私の剥製の新しいコレクションをお目にかけたいのだが。図書館までご同行いただけるかな?」

「お許し願えるなら」レインズフォードは言った。「今晩は遠慮させていただきます、ザロフ将軍。私は本当に気分が優れないのです」

「ああ、本当に?」将軍は気遣わしげに尋ねた。「まあ、長い水泳の後では無理もない。ぐっすりと安らかな睡眠が必要だ。明日にはきっと生まれ変わったようになっておられるだろう、賭けてもいい。ああそれと、狩りにはおつきあいいただけましょうな?中々有望な候補者がいましてな――」レインズフォードは部屋から急いで出ていった。

「貴方と今晩ご一緒できないのは残念ですな」将軍は叫んだ。「まずまずの獲物なのですよ――体格のいい、強健な黒人だ。奴は機転が利くように見える――よかろう、おやすみなさい、ミスター・レインズフォード。充分な休養を取られるように」

 ベッドは上等であり、絹のパジャマは最も柔らかなものであり、そして彼は骨の髄まで疲れ切っていた。にもかかわらず、レインズフォードは睡眠によって脳を沈静化させる事ができなかった。目を大きく開けたまま、彼は横たわっていた。彼は一度、部屋の外の廊下で忍び足の音が聞こえた気がした。彼はドアを開けようかと思った。だが開きはしないだろう。彼は窓の処まで行き、外を見た。彼の部屋は塔の一つの高所にあった。城の灯りも今は消されており、暗く静かだった。しかし青白い欠けた月が出ていた為に、その青ざめた光によって彼は中庭を薄っすらと見る事ができた。其処にはジグザグに動く影のパターンが、黒く音もないシルエットがあった。彼の気配を聞きつけた猟犬達は、緑の目で何かを待ち受けるように窓を見上げた。レインズフォードはベッドに戻り横たわった。彼はどうにかして眠ろうと努めた。彼がうとうとしだしたのは丁度朝が訪れた頃であり、その時彼はジャングルの奥深くにかすかな銃声が響くのを聞いた。

 昼食の時間にようやくザロフ将軍は姿を見せた。彼はカントリースタイルのツイードを見事に着こなしていた。将軍はレインズフォードの健康状態に気遣いを見せた。

「私の方は」と将軍は溜息混じりに言った。「あまり優れない。私は案じているのだ、ミスター・レインズフォード。昨夜私はかつての苦しみの痕跡を辿る事になった」

 レインズフォードの訝るような視線に対し、将軍が答えた。「アンニュイ。退屈」

 クレープ・シュゼットのお代わりをとると、将軍は説明した。「昨夜の狩りは期待はずれだった。あの男は完全に動転してしまってな。何の芸もなくまっすぐに進みおった。船乗り全般に言える事だが、連中は初めから鈍い脳しか持ち合わせぬ上に森林での行動に関して無知だ。連中は極度に愚かで見えすいた行動をとる。実に忌々しい。ミスター・レインズフォード、シャブリをもう一杯いかがかな?」

「将軍」断固としてレインズフォードは言った。「私は即刻この島を去る事を希望します」

 将軍は濃い眉を上げた。彼は傷ついたように見えた。「だが、親愛なる同士よ」将軍は抗議した。「君は来たばかりではないか。まだ狩りもしていない――」

「私は今日、出発したい」レインズフォードは言った。彼は将軍の黒い瞳が自分を検分するように見つめるのに気付いた。ザロフ将軍の表情は突然明るくなった。

 彼は時代のついたボトルからヴィンテージもののシャブリを注ぎ、レインズフォードのグラスを満たした。

「今晩」将軍は言った。「我々は狩りをする――君と私で」

 レインズフォードは首を振った。「いいえ、将軍」彼は言った。「狩りは遠慮申し上げる」

 将軍は肩をすくめると、上品に温室ブドウを食べた。「それが君の希望というなら、我が友よ」彼は言った。「選択は完全に君に任される。だが指摘するまでもなく、君は私の提案するお楽しみの方がイワンのものよりも気に入るのではないかね?」

 彼は顔をしかめた巨漢が大樽のような胸の前で太い腕を組んで立つ部屋の隅を顎で示した。

「まさか貴方は――」レインズフォードは叫んだ。

「親愛なる同士よ」将軍が言った。「私が狩りについて語る際の姿勢は既に説明したはずだが?これは真の妙案だ。乾杯しよう、我が敵手として不足のない者が――遂に現れた事に」将軍はグラスを掲げたが、レインズフォードは彼を凝視して座ったままだった。

「君はこのゲームが参加するだけの価値がある事を理解するだろう」将軍は熱に浮かされたような調子で言った。「君の頭脳対私の頭脳。君の狩猟知識対私の狩猟知識。君の強さとスタミナ対私の強さとスタミナ。野外のチェスという訳だ!それにこの賭けには見合った対価を用意してあるのだがね、どうだ?」

「もし私が勝てば――」レインズフォードはかすれた声で言いかけた。

「もし私が三日目の真夜中までに君を見つけそこねたら、私は潔く敗北を認めよう」ザロフ将軍は言った。「私のスループ帆船で君を人里近くに送り届けよう」将軍はレインズフォードの考えを読んでいた。

「おお、私を信頼したまえ」コサックは言った。「紳士として、スポーツマンとして、君に約束しよう。もちろん君の方も、ここへの訪問について誰にも話さないと約束してもらわねばならんが」

「そんな類の約束はできない」レインズフォードは言った。

「おお」将軍は言った。「その場合――だが、今それを論じる必要はあるかな?三日後になれば、我々はヴーヴ・クリコ(シャンパン)を酌み交わしながら論ずる事ができるというのに」

 将軍はワインをすすった。

 それから彼はてきぱきと事務的な調子になった。「イワンが」と彼はレインズフォードに告げた。「狩猟服と食料、ナイフを君に用意する。モカシン靴をはいていくといい。鹿皮は足跡が残りにくい。それと、島の南東の角にある大きな沼は避けるように忠告しておく。我々はあれを死の沼と呼んでいる。あそこには流砂がある。愚か者が一人、あそこに踏み込もうとした。嘆かわしい事にラザルスがそいつの後を追って行った。私の気持ちを察してもらえますかな、ミスター・レインズフォード。私はラザルスを可愛がっていた。あれは私の猟犬の中でも最も優秀な一頭だった。おっと、失礼しなければ。私は昼食後にはいつもシエスタをとるのだ。恐らく君にはほとんど昼寝をする時間はないだろうな。間違いなく君は、すぐにでもスタートしたいはずだ。私は夕暮れまでは後を追わない。夜の狩りは昼のものよりはるかにエキサイティングだ、そう思わんかね?また後ほどオー・ルヴォワール、ミスター・レインズフォード、オー・ルヴォワール」ザロフ将軍は深々とした礼儀正しいお辞儀をすると、悠然とした足取りで部屋から出て行った。

 もう一つのドアからイワンがやって来た。片方の腕の下にはカーキ色の狩猟服、食料の雑嚢、刃渡りの長いハンティングナイフを収めたレザーの鞘があった。彼の右手はウエストにまいた深紅のサッシュに手挟まれている、撃鉄を起こしたままのリボルバーに置かれていた。

 レインズフォードは既に二時間、茂みを抜けるべく悪戦苦闘していた。「気力を保つんだ。気力を保たなければ」彼は食いしばった歯の間からつぶやいた。

 城門が背後でピシャリと閉められた時、彼の頭脳は完全にクリアではなかった。当初彼の頭を占領していた考えは、ザロフ将軍との間に距離を稼ぐ事だった。パニックのようなものに駆り立てられて、闇雲に前へと進んだのであった。既に落ち着きを取り戻した彼は、今は足を止めて自分自身の状態と周囲の状況を確認した。彼は直線的な逃走は徒労であると悟った。その結果として、必然的に海に直面せざるを得ない。彼は海という額縁に囲まれた場所におり、彼のオペレーションはその額縁内で遂行しなければならないのは明らかだった。

「足跡を追わせるか」レインズフォードはつぶやくと、今まで辿ってきた道なき原野へと続く獣道を外れた。彼は一連の複雑なループを描いて歩いた。一度通った道を何度も繰り返してなぞり、キツネ狩りの際のあらゆる知識と、そしてキツネの駆使するあらゆる計略を思い起こした。夜になる頃には、脚は疲れ切り手と顔は木の枝に激しく打ちつけられるという状態で、彼は樹木が豊かに茂る隆起部にいた。例え余力を残した状態であってさえ、暗闇の中をうろつきまわるのは正気の沙汰ではないとわかっていた。早急に休息をとる必要がある。そして彼は「これまではキツネを演じてきた、次は猫のまねごとをしなければ」と考えた。太い幹と広がった枝のある大きな木が近くにあった。かすかな痕跡も残さぬように気をつけて木の股に登り、一本の大枝の上で手足を伸ばし、彼は曲がりなりにも休息を得た。休養が彼に新たな確信とほとんど安心に近い感情をもたらした。ザロフ将軍のような偏執的なハンターであろうと、ここまで自分を追跡する事はできまい、彼は己自身に語りかけた。闇に包まれたジャングルの中であの複雑な痕跡を追う事ができるのは悪魔だけだ。だが恐らく、将軍は悪魔だった――

 不安な夜は負傷したヘビが這うようにのろのろと過ぎ、ジャングルは死の静寂の中にあったが、レインズフォードに睡眠が訪れる事はなかった。くすんだグレーが空から拭い去られ朝に向かう頃、何かに驚いた鳥達の叫びが、そちらの方向にレインズフォードの注意をひきつけた。何かが茂みを抜けてやって来ようとしていた。ゆっくりと、慎重に、レインズフォードがやって来た曲がりくねった道を辿って近付いて来ていた。彼は腹ばいになり、ほとんどタペストリー同様の厚さで茂る木の葉のスクリーン越しに見守った……近付いて来たのは、人間だった。

 それはザロフ将軍だった。彼は全神経を集中し目前の地面に視線を定めて歩み進んでいた。彼はこの木のほぼ真下で立ち止まると、膝を折って地面を調べた。レインズフォードはヒョウのように下方に飛びかかる衝動に駆られたが、しかし彼は将軍の右手に金属製の何かが握られているのを見た――小型の自動拳銃だった。

 当惑しているかのように、ハンターは数回首を振った。それから彼は背を伸ばすと、シガレットケースから黒いタバコを一本取り出した。その刺激的な香のような煙はレインズフォードの鼻孔の辺りまで立ち上った。

 レインズフォードは息を詰めた。将軍の視線は地面を離れて、徐々に木の上へと上がっていった。レインズフォードはその場で凍りつき、全身の筋肉は跳躍に備えて縮こまった。しかしレインズフォードが手足をへばりつかせている枝に達する直前で、ハンターの鋭い目は動きを止めた。微笑が彼の茶色い顔に広がった。彼はゆったりと煙の輪を空中に吐き出した。それから彼は木に背を向けると無頓着な足取りで先程来た道を歩み去った。彼のハンティングブーツにこすれる薮の音は次第に小さく、そして更にかすかになっていった。

 溜まりに溜まった空気がレインズフォードの肺から勢いよく噴出した。最初に頭に浮かんだ考えが彼に吐き気を催させ、麻痺させた。将軍は夜の森林の中で痕跡を追う事ができた。彼は極めて難しい痕跡を追う事ができた。彼は常人を超えた力の持ち主にちがいない。あのコサックが獲物を見つけ損ねたのは、単にちょっとした運によるものだった。

 レインズフォードの頭に次に浮かんだのは、更に酷いものだった。その考えは冷たい恐怖で彼の全身を震わせた。将軍は何故笑っていた?彼は何故引き返した?

 レインズフォードはその理由に関する自分の推論が当たっているとは信じたくなかったが、しかし真実は今や、朝の霧を散らした太陽と同じように明白だった。将軍は彼をもてあそんでいたのだ!将軍はお楽しみをもう一日延ばす為に獲物を取っておいたのだ!あのコサックは猫であり、彼はネズミだった。かくしてレインズフォードは、恐怖という言葉が意味する事を完全に理解したのだった。

「気力を失うな。失うな」

 彼は木から滑り落ちると再び森の中を突き進んだ。表情を引き締め、機械のように思考せよと己に強いていた。隠れ場所から300ヤードの地点、巨大な枯木が危なっかしく生木に寄りかかっている場所で彼は足を止めた。食料の入った雑嚢を下ろし、レインズフォードは鞘からナイフを抜くと、全エネルギーを集中して作業にとりかかった。

 作業は遂に完了し、彼は100フィート離れた場所にある倒れた丸太の影に身を伏せた。長い間待つ必要はなかった。猫は再びネズミと遊ぶ気になっていた。

 ブラッドハウンド並みの精度で足跡を追い、ザロフ将軍がやってきた。彼の鋭い黒い目は何ものも見逃す事はなかった。踏まれた草の葉も、曲げられた小枝も、苔の中のどんなかすかな痕跡も。コサックは獲物の追跡に余りにも集中していたので、それと気付くより前にレインズフォードが仕掛けたものの上に立っていた。彼の片足が、引き金の役目を果たす突き出た大枝に触れた。それに触れたがしかし、将軍は危険を察知して猿のような機敏さで後方に飛んだ。とはいえわずかに遅かった。ナイフで細工した生木に慎重に立てかけておいた例の枯れ木が突然倒れ、それが将軍の肩に向かって落ちかかってきた際に肩をかすめるように打った。彼の俊敏さがなければ、その下で押しつぶされていたに違いない。彼はよろめいたが、しかし転びはしなかった。そして手にしたリボルバーを取り落とす事もなかった。彼は怪我を負った肩をさすりながら其処に立っていた。そしてレインズフォードは再び恐怖に心臓を掴まれながら、ジャングルの中を響き渡る将軍の嘲笑を聞いた。

「レインズフォード」将軍は叫んだ。「私の声が聞こえる範囲にいるのなら、いや必ずやいるだろうが、おめでとうと言わせてもらうぞ。マレーの人狩り罠の作り方を知る者は少ない。幸いにも私はマラッカで狩りをした事があってな。君は自分が面白い獲物だと証明してくれたな、ミスター・レインズフォード。私は傷の手当の為に今は去ろう。ほんのわずかな間だがな。私は戻ってくるぞ。私は戻ってくる」

 将軍が打撲した肩をかばいつつ去ると、レインズフォードは再び逃走に取り掛かった。今回の逃走は自暴自棄で絶望的な逃走であり、彼は数時間に渡って移動を続けた。夕暮れになり、それから暗闇が訪れても尚、彼は進み続けた。モカシン靴の下の地面は次第に柔らかくなり、植物は更に密生し、虫は容赦なく噛み付いてきた。

 前に踏み出した時、彼の両足は泥の中に沈んだ。彼は無理やり引き戻そうとしたが、その泥沼は巨大なヒルのような凶悪さで吸い付いてきた。死に物狂いの奮闘の末、彼は己の足を引き離した。彼は自分が今、どこにいるのかを理解した。死の沼、そしてその流砂。

 彼は両手を固く握り締めた。さながら彼の気力が質量を持つ物体であり、暗闇の中で何者かが彼の手中からもぎ取っていこうとしているかのように。地面の柔軟性が彼にアイデアをもたらした。彼は流砂から12フィートかそこら後ろに下がると、有史以前の巨大なビーバーか何かのように地面を堀り始めた。

 かつてレインズフォードがフランス戦線で塹壕を掘った時、一秒の遅れが死を意味した。だがそれは、今、彼が掘り進める作業に比べればのどかな娯楽に過ぎなかった。穴は更に深くなった。それが肩の上までの深さになると彼は穴から這い出し、何本かの堅い若木から棒を切り出して、先端を削り鋭く尖らせた。この複数の杭は先端が上向きに突き出るようにして穴の底に密かに設置された。素早い指使いで雑草と枝の粗いカーペットを編むと、彼はそれで穴の口を覆った。それから汗にまみれ疲労で痛む身体を、落雷で焦げた切り株の後ろに隠した。

 彼は追跡者がやって来ている事を知っていた。彼は柔らかな地面の上を静かに歩く足音を聞き、夜の微風は将軍のタバコの香りを運んできた。レインズフォードには将軍が異常なまでの敏速さでやって来るように思えた。一歩一歩慎重に進んでいるようには感じられなかた。その場に屈んでいたレインズフォードには、将軍の姿は見えず、穴を見る事もできなかった。彼には一分が一年に思えた。それから彼は大声で快哉を叫びたい衝動を感じた。穴の覆いが壊れ、枝の折れるパキパキという鋭い音が聞こえたからだ。鋭い杭の先端が標的を突き刺し、痛みによる鋭い絶叫の上がるのが聞こえた。彼は隠れ場所から跳び上がらんばかりに身を起こした。それから彼は再び縮こまった。穴から3フィート程離れた場所に、懐中電灯を手にした男が立っていた。

「やるではないか、レインズフォード」将軍の叫びが聞こえた。「君のビルマのトラ穴は、私の最も優秀な犬の一頭を犠牲にした。またも君の得点だ。ミスター・レインズフォード、君が私の猟犬全部をどんな目に合わせてくれるか、目に浮かぶようだ。今は一休みする為に家に戻るとしよう。最高に楽しい夜をありがとう」

 夜明け、沼の近くで横たわっていたレインズフォードは、新たな危険の存在を告げる物音に起こされた。それは遠くに聞こえる音であり、かすかで不確かであったが、しかし彼はその正体を知っていた。あれは猟犬の一団の吼える声だった。

 レインズフォードは自分のとる道は二つに一つとわかっていた。この場に留まり待つ事もできる。それは自殺を意味した。逃げる事もできる。それは避けられない事態を先延ばしするだけだった。ほんのしばしの間、彼はその場に立ち尽くし考えていた。一か八かの無謀なアイデアが浮かび、彼はベルトを締め直すと沼から離れて歩き出した。

 猟犬達の唸り声は更に近付き、それから更に近く、更に近く、すぐ其処まで近付いてきた。小高く隆起した場所でレインズフォードは木に登った。川の下流、4分の1マイルも離れていない地点で低木の茂みがざわめくのが視認できた。目を凝らすとザロフ将軍の痩身が見えた。そのすぐ前に、レインズフォードは広い肩幅で丈高いジャングルの草を押しのけて進むもう一つの人影を認めた。それは巨漢イワンであり、彼は何か目に見えない力で前に引っ張られているようだった。レインズフォードはイワンが猟犬達を繋いだ革ひもを握っているのだと確信した。

 奴等は間もなく彼の処に追い付く。彼は死に物狂いで頭を回転させた。彼はウガンダで学んだ原住民の罠に思い至った。彼は木を滑り降りた。彼は弾力のある若木を掴むと、切っ先が小道に向くようにしてハンティングナイフをしっかりとくくりつけた。更に野ブドウの蔓の端きれを使い、その若木を反り返らせた状態で結わえた。それから彼は、一目散に走り去った。新鮮な匂いを嗅ぎつけた猟犬達は声を上げた。レインズフォードは今、狩られる獣が窮地に際してどのように感じるかを理解していた。

 彼は息をする為に立ち止まらなければならなかった。猟犬の唸り声が突然止み、レインズフォードの心臓も止まった。奴等はあのナイフの地点に差し掛かったに違いない。

 期待にはやった彼は木によじ登り、来た道をかえり見た。彼の追跡者は足を止めていた。しかし彼が木に登った時、レインズフォードの脳内にあった希望は死んだ。彼は浅い谷にザロフ将軍が二本の足で立つ姿を見た。だがイワンは違った。あのナイフ、曲げられた木が反動で跳ね返る運動によって襲い掛かる仕掛けは完全に無駄になってはいなかった。

 猟犬達が再び吼え始めた時、レインズフォードは危うく地上に転がり落ちそうになった。

「気力、気力、気力!」前へと急ぎながら、彼はあえぐように唱えた。前方の木々の間に青い切れ目が見えた。猟犬達はもうすぐ其処まで迫っていた。レインズフォードはその青い切れ目に向かって必死に走った。彼は其処に届いた。それは海岸だった。入り江の向こう側にはあの城館の陰鬱な灰色の石組が見えた。20フィート下に海は低く波音を轟かせていた。レインズフォードはためらった。彼は猟犬の声を聞いた。それから彼ははるか下の海面に飛び込んだ…。

 猟犬達を引き連れて海際のその地点に着くと、コサックは足を止めた。しばしの間、彼はブルーグリーンの海原を眺めて立っていた。彼は肩をすくめた。それから彼はその場に座り、銀の携帯用酒瓶からブランデーを一口飲むと、タバコに火をつけ、そしてマダム・バタフライの一節をハミングした。

 ザロフ将軍はその夜、大きな鏡板で飾られた大食堂で非常に美味なる夕食をとった。彼はポル・ロジェ(シャンパン)を一本とシャンベルタンを半分空けた。二つのちょっとした不快な問題が、享楽の完璧さを損なっていた。一つは、イワンの代わりを見つけるのは容易くはないであろうという思いだった。もう一つは、獲物が彼から逃れおおせたという事だった。無論、それはあのアメリカ人が勝負を拒んだ為なのだが――ディナー後のリキュールを味わいつつ、将軍はそう思った。図書室で彼は己を慰撫する為にマルクス・アウレリウスの文章をいくつか読んだ。十時に彼は寝室に向かった。心地よい疲れだと独りごちつつ、彼は内側から鍵をかけた。わずかに月明かりがあり、灯りをつける前に彼は窓辺に行き中庭を見下ろした。グレートハウンド達の姿が見え、彼は愛犬達に向かって「次はもっとうまくやるぞ」と叫んだ。それから彼は灯りのスイッチを入れた。

 それまでベッドのカーテンの中に隠れていた男が其処に立っていた。

「レインズフォード!」将軍は絶叫した。「一体、どうやってここに?」

「泳いだ」レインズフォードは言った。「ジャングルを横切るより速いと判断した」

 将軍は息を吸い込むと、微笑んだ。「おめでとう」彼は言った。「ゲームは君の勝ちだ」

 レインズフォードは笑わなかった。「私は未だ追い詰められた獣だ」彼は低くかすれた声でそう言った。「構えろ、ザロフ将軍」

 将軍は深々と一礼した。「了解した」そして彼は言った。「素晴らしい! 我々のどちらかが猟犬達の餌になる。残る一人がこの実に快適なベッドで眠るのだ。構えたまえ、レインズフォード」


 これほど快適なベッドで眠ったのは初めてだ、レインズフォードはそう思った。


-終-

解説

 本作は「The Hounds of Zaroff(ザロフの猟犬)」というタイトルで1924年1月にCollier's Weekly誌に掲載されたものが初出であり、後に各種アンソロジーや単行本に収録される際に、映画版のタイトルと同じ「The Most Dangerous Game」に改められたようです。

「マンハント」というジャンルの元祖というべき名作であり、英語圏では今も読み継がれている作品なのですが、日本では何故か紹介の機会が極端に少なく、書籍としては77年刊行の光文社『世界傑作推理12選ONE』に「世にも危険なゲーム」のタイトルで収録されたものが最後のようです(86年に文庫化)。名作が気軽に読めない現状は残念なので、今回自分で翻訳する事にしました。

 尚、小鷹信光氏のミステリエッセイ集『マイ・ミステリー―新西洋推理小説事情(1982年 読売新聞社)』『“新パパイラスの舟”と21の短篇(2008年 論創社)』によると、本作は1977年『小説公園 臨時増刊号』に「真剣勝負」の題名で、1984年『宝石 九月号』に「危険な猟獣」の題名で翻訳版が掲載されているとの事。

 また、『怪樹の腕 〈ウィアード・テールズ〉戦前邦訳傑作選(2013年 東京創元社)』によると、1931年刊行の『新青年 昭和六年二月五日増刊号』に「戦慄」のタイトルで翻案版が掲載されたそうです。
 これまで作者名は「コンネル」「コンル」等と表記されてきましたが、本書では映画データベース系サイトでのポピュラー表記である「コネル」としました。
 
 原著作物は既にパブリックドメインになっており、またこの訳文に関する私の翻訳著作権は放棄しますので、有償・無償を問わず自由に御利用下さって結構です。連絡やクレジット等も必要ありません。ただし翻訳の不備によって御利用の際に何らかのトラブルがあったとしても、当方は関知いたしませんので、御諒承ください。

 
 日本においては、The Most Dangerous Gameというタイトルの作品はハヤカワ・ミステリ文庫刊ギャビン・ライアル作の『もっとも危険なゲーム(The Most Dangerous Game)』の方が圧倒的に有名と思われます。しかしこちらは1963年初版刊行、はるかに後発です。ライアルはマンハント・テーマの代名詞であるコネルの名作短編に対するオマージュとして、60年代の東西対立時代を背景とした長編に同題を使用したのでしょう。

 ちなみに70年代東映映画の松田優作主演『最も危険な遊戯』は、ライアルの方からとられたものと思われます。
 
 尚、本作タイトル中の「Game」はbig-game hunterという言葉が「大物狙いのハンター」を指すのでわかるように、狩りの獲物を指しており、「最も危険な遊戯」と「最も危険な狩りの獲物(=人間)」のダブルミーニングになっています。

映画化作品について

「人間狩り」というショッキングなテーマを扱った本作は発表直後から話題を呼び、いくつもの映画やラジオドラマの原作となりました。
 
 最初の映画化は1932年の『猟奇島 The Most Dangerous Game』。

『キング・コング』と同じRKO制作であり、同時期撮影中だったキング・コングのセットを流用、出演者もかなりかぶり、島の滞在者役でフェイ・レイが出演しています。

 既にパブリックドメインとなっている為に、全編がInternet Archiveで公開されています。

 そのリメイクが1945年の『恐怖の島 A Game of Death』。

 監督は後の名匠ロバート・ワイズ。舞台背景は第二次世界大戦後、亡命ロシア将校ザロフはナチスの将校エーリッヒ・クリーガーに変更されました。
 
 三度目の映画化は1956年のユナイト映画『太陽に向って走れ Run for the Sun』。

 メキシコに隠れ住むナチ残党に追跡される作家の話に改作。
 
 四度目は1961年Crown International Pictures制作、リチャード・コネルが自ら脚本を執筆した『新・猟奇島 Bloodlust!』ですが、猟奇趣味が強調された如何にもなB級映画に仕上がっています。
 
「公式の」映画化はこの四本ですが、基本プロットを流用した作品は枚挙に暇がありません。
 

 英語版ウィキペディアによると、ラジオドラマも三本作られており、1943年3月にオーソン・ウェルズ主演のバージョンが、1945年2月にはジョセフ・コットン主演のものが、1947年10月にも別バージョンの録音がオンエアされたようです。
 
 

2017/06/02 イソノ武威